目を開けると部屋は暗かった。
まだ夜であったか。数日前から寝台に縫い付けられている重い体を窓の方に向ける。
人影がそこあった。
その姿の輪郭を縁取っているのが日光であることから、日がすでに昇っていることに曹操は気づいた。
窓の前にその人物が立っているおかげで日差しが部屋に落ちるのを防いでいるのだ。
曹操はその影に声をかけた。
顔さえ判別のつかない暗中で誰であるのかわかるのは、血のなせる業か。
「俺は眩しすぎたか?」
死に向かう力なき体でも声はしっかり出せた。
そのことに曹操はとても満足する。
「ついに手をだせなかったな夏侯惇」
病に伏してからあれほど悩まされていた頭痛は無くなった。
悩み、というものからも遠のいてしまったのかもしれない。
だから以前はどうしても言えなかったことをはっきりと本人に向かって言える。
はい。と答えてから夏侯惇は観念したように苦笑した。
曹操はそうか。と答える。
「俺もお前が眩しかったよ。だが、眩しすぎた訳ではない。ただ近すぎた。近すぎて、怖かった。」
この従兄弟が片目を失くして正気でいられたのは、近すぎても距離があったからだ。
もし男と自分が交じり合って同化していたなら自分はまともでいられなかったからだろう。
「近すぎたな俺たちは。だがそんな関係もあっても悪くない。・・・・・・俺はお前が――。この先はあえて言うまい。訳はわかるな夏侯惇?」
夏侯惇は静かに拝礼する。
その動きによって男の背後から入り込む、日光がやけに眩しい。
「その先の言葉は、私が丞相に追いついた時に。」
「俺を見つけられるか?」
「天の上でも地の底でも。必ず」
「俺はお前のために止まったりしないぞ?走り、進み続ける。」
「それでも」
見つけだします。
迷いもなく躊躇いもなく言い放った夏侯惇の顔は、老年と思えない程凛々しかった。
武人らしい精悍顔立ちが力強い日光によく映える。
「・・・お前は良い漢だ」
曹操は満足そうに笑った。
それもまた曹操が長年思い続けていも、これまで言えなかった言葉であった。
Fin
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死してなお終わらず
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