曹操は朝からずっと机から動かなかった。
持病の頭痛はここ最近なりを潜めていたものの、曹操は絶えがたい痛みを堪えるような険しい顔をしている。
泥の中に埋まっていくように気分が沈んでいる。
もう今日は何一つ始めようという気力が起きない。
誰かと話して刺激を受けたいとも思わない。
こういうことは珍しくなかった。宛城のしくじりはもはや遠い日のことだが、罪悪感と後悔は鮮明に胸に抱くことが出来た。

「もう、おやすみになられませんか?丞相」

聞き覚えのある声に、馴染みの気配。
曹操はまったく彼の入室に気付かなかったことに眉をひそめた。

「…許褚には誰も通すな。と言ったはずだが」

「無理を言って通して貰ったのです。」

あの許褚を言葉で丸め込んだのかと驚いて顔を上げれば、いつもの穏やかな夏侯惇の笑みがあった。
その朗らかな笑みを目にした時、急にそれを無茶苦茶に壊してやりたいという凶暴な衝動が曹操の中に生れた。だが彼はかろうじてその衝動を押さえ込んだ。

「…去れ。夏侯惇」

それは理性を振り絞った夏侯惇への警告であり、曹操なりの彼への優しさだった。
それにもかかわらず、夏侯惇は退室しようとしない。

「酒は如何ですかな。それとも茶の方が?」
「…そんな気分ではない」

「ではどのような気分なのです?」

曹操は怒りを覚えた。彼独特の穏やかな声音は、いつもは曹操に落ち着きをもたらす。
だが今日に至っては逆効果であった。
また残酷な衝動が生れた。今度は止められなかった。


「…そうだな。男にでも抱かれたい気分だな。女のように喘いで乱れて、目茶苦茶にされたい。」


夏侯惇が絶句する。
その珍しい夏侯惇の驚いた顔に、曹操は楽しくなる。

「俺を抱いてくれないか、夏侯惇。女みたいに」

「……お戯れを」

夏侯惇の声が動揺で細く掠れている。
蒼褪めた従兄弟の顔色に、曹操は冷たい笑みを浮かべる。

「なればお前に用はない。去れ。他の男を呼ぼう。」


これでこの男も退室するだろう。曹操はふと窓を見た。
見事な円月が浮かんでいる。一瞬だけそれに気を取られた。
すると間近に気配がした。夏侯惇だ。
驚いている間も無く、両手で襟元を掴まれて立たせられる。
夏侯惇の放つ気は鬼気迫っている。殴られる、と思った。
だが予想に反して、顔に迫ったのは拳ではなく夏侯惇の精悍な面だった。

唇が合わさる。
理性をドロドロに溶かすような情熱的な口づけだった。
曹操はしばらく呆然とした。
どうするべきか。迷う前に、知らずに腕を回して夏侯惇の舌に答えていた。

――この男でも、このような顔をするのか。
口付けながら、夏侯惇と曹操は目を閉じることなく視線を合わせた。目の前の夏侯惇の顔。普段の穏やかな顔ではない。その顔は片目を食らったという噂がたてられたような戦場のそれに近い。
背の低い曹操に上から覆いかぶさるように、夏侯惇は口を吸って居る。
曹操は夏侯惇に飲み込まれてしまうように感じた。
口付けながら唐突に足を掬われて、横抱きにされる。
屈辱的な悔しさを覚えると共に、自分を軽々と抱き上げる夏侯惇の逞しさをさまざまと感じた。

着物がはだけて、肌をいやらしげに夏侯惇の手がまさぐる。
何度も唇に啄められて、淫らに胸の赤い突起が唾液でてらてらと光る。
その唾液塗れの突起を指で弄られるのだからたまらない。

「はぁ…・・・っ…は…」

自分の口から女のような声が漏れる。あまりにも奇怪すぎて現実味ない。
ため息を飲み込みながら、左の肩に甘く歯をたてる夏侯惇の頭部を眺めながめる。
従兄弟はこのように女を抱くのかと思うと、なんだかとても変な気がする。
いかに親しいといえど知るはずのないことを、自分は今身をもって知っているのである。

曹操は腰を揺すった。すると股間に緩く勃ちあがりかけていた夏侯惇の性器が当たる。
自分の半勃ちの性器と擦れて気持ちが良い。生温い快楽に腰を揺すっていると、夏侯惇も同じように腰を揺らしはじめて快楽が増した。
曹操の呼吸も、夏侯惇の呼吸も乱れて行く。酷く淫らな気分になっていく。

夏侯惇の舌が鍛え上げられた曹操の腹筋をなぞる。
窪んだ臍に舌を差し込むと、むず痒い感覚に曹操は呻いて足先がぴんと伸びた。
夏侯惇が曹操の秘部にむしゃぶりついた。陰茎を舌で舐めつくされる。

「あ…・・・はぅ…・・・あっ…あ…」

堪らずに曹操が喘ぐ。濡れたものが裏の浮上った筋を辿っている。
何度も根元から先端まで舐められて、時時夏侯惇の髭が下生えの肌にあたる。
それがなんとも倒錯的な快楽をもたらす。
快楽に酔ってると次の瞬間口にスッポリと包まれた。

「…んんっ…うぁ…はっ」

鋭い快楽に曹操はよがった。
その隙に唾液と先走りでしどしどに濡れた後ろの孔に指が差し込まれる。

「あっ…くっ…」

異物感に苦しげに眉を寄せる。痛くて気持ちが悪い。
だが前では口淫が続けられていて気持ちが良い。しばらく曹操は快と不快の間を彷徨った。
しかし夏侯惇の武骨な指が孔の前立腺を刺激した瞬間。曹操の表情は甘く蕩けた。
脳髄が犯されるような強烈な快楽を覚えたのだ。
夏侯惇の指の動きに合わせて、腰をふる。
前立腺に夏侯惇の武人らしい皮の厚い指があたって翻弄される。

「あぁっ…ふっ…くぁ……あぁぁ!!」

悲鳴をあげて曹操が絶頂に達した。
はぁはぁと体を捩って荒い息をつく。
夏侯惇は今放たれた白濁の液体を曹操の肛門にたっぷりと塗り付けた。
ここまで来たらすることはただ一つ。だがここで夏侯惇は動きを止めてしまった。
彼は気弱げに視線を宙にそらした。

曹操は激しい怒りを覚えて、夏侯惇をにらみ付ける。

「今更ためらうな」

そう言うと曹操は夏侯惇の肩を押して、彼の腰に跨がった。
ためらいなく曹操は夏侯惇の陰茎を肛門に納める。
激痛に曹操の背筋が反り返る。

「丞相!」

慌てて支えようとする夏侯惇の手をふり払うように、曹操は顔を蒼白にしながら乱暴に腰を上下に動かした。
陰茎を飲み込んだ粘膜が痛みを訴えるようにじんじんと熱い。
その熱に浮かされるように曹操は腰を振る。
孔が一杯になって、張り出した雁の部分が奥の前立腺を擦る。

「はっ、あっ、くぅ…ふぅん…」

汗を流して乱れる曹操に刺激されるように、夏侯惇の息も荒くなっていく。
彼もまた曹操にあわせて腰をうごかしだした。

「あぁ!・・・うん…はっ…くぅ…」

下から突き上げられて、陰茎を夏侯惇の手のひらで擦られて、いよいよ曹操はよがり狂う。
髪を振り乱して、生理的な涙を流すと夏侯惇の舌がそれを舐めた。
曹操は目の前の快楽に歪んだ従兄弟の顔を満足そうに眺める。
抱かれて居るのに、まるで自分が目の前の男を犯しているようだった。
腕を従兄弟の太い首に絡み付ける。夏侯惇もまた曹操の背を抱き締めた。
ぐちゅりぐちゅりと結合部から淫らな音が滴り落ちる。

「ふっ、はぁ…っ…あぁ」
「はぁ…はっ…あぁ…」

女のように凹凸のない汗ばんだ平らな胸を合わせながら、二人は口を閉じる暇もないまま喘いだ。
太い幹が何度も自分の中を出入りする。その度に興奮が増して来るのを感じた。
夏侯惇の先走りが孔に満ちて、ぐちゅりといやらしい音をたてるのも聴覚を刺激する。
ぬめぬめとした内部を固い陰茎が何度も出入りする。

「んっ・・・はっ・・・くぅ、ぁあ・・・んん」

限界が近い。

かたかたと体が震える。強すぎる快楽にきゅうきゅうと内臓が絞まって陰茎に絡み付く。
夏侯惇は「くっ」と呻くと力強く下から二、三度突き上げた。

「あっ、ぁぁ、あぁぁ―――!!」

曹操が顎を上向かせて、絶叫して達した。
その直後夏侯惇もまた、引き抜いた陰茎から熱い子種をぶちまけたのだった。








意識は覚醒した。だが目を開けることが出来ない。
体も重く、自由に動かすことができない。
ふと視線を感じた。誰かがそばにいるようだ。
曹操は訴えるように。指先を動かす。
するとそばの気配はすぐに曹操の意図を察したように動いた。
頭を抱き抱えられ、水差しが口にあてられる。
喉が潤う。そこで曹操は自分が発熱していることに気付いた。
目を開く。見知った顔がそこに会った。

「……夏侯惇」

「おはようございます。丞相」

夏侯惇が微笑む。いつもの笑みだ。だがどことなく生気がない。顔の色が紙のように白かった。
お前も体の調子が優れぬのか。
尋ねようとする前に夏侯惇が両手を床に付いて平伏した。


「後生でございます。殿。どうか私めの家族の命だけは殿のご温情でお許し下さい」


逞しい体を地べたに這わして、夏侯惇は訴える。
曹操は驚いて声が出ない。何を言っている?


「私が主にしたことは臣下として、人としてあるまじき事。その大罪この首一つでは足りぬことは世の道理。しかしどうか…家族は…助けて頂けませんでしょうか?代わりに私は車裂きでも、頭髪を抜かれてもかまいませんゆえ…!」


必死な夏侯惇の言葉に、やっと彼が何を言わんとしているのかがわかった。


「………馬鹿な」

思わず漏れた言葉に、夏侯惇の肩が大きく震えた。

「…面をあげろ」

「……」

「今回のことはお前に罪はない。悪いのは私だろう―…私は私の方がお前を凌辱してしまった気がしてならない」

「ですが!」

言い募る夏侯惇を止めようと、曹操は寝台から降りようとする。
だが足下がふらついて倒れかけた。
それを夏侯惇が咄嗟に立ち上がって支える。近くなった距離。
はっと曹操は気付いたように、夏侯惇の衿を掴んだ。

「私の治療は誰がした!?」

曹操の顔が蒼褪める。尻に軟膏が塗られている。もし城の持医などがこれをしたのだったらただごとではすまない。
このたびのことが朝廷に広まり、あっという間に夏侯惇の地位は失墜してしまうだろう。
夏侯惇は首を横に振って、曹操を寝台に座らせた。

「…やはり覚えていませんか…」

「何をだ?」

「丞相を治療したのは華佗 殿です」

「華佗 が?」

「…殿がおっしゃったのですよ。朝、丞相が発熱しているのに気づいて待医を呼ぼうとした私を貴方様がとめたのです」


――…持医は駄目だ…華佗 を呼べ……


曹操はすべてを思い出した。
夏侯惇に跨がり達してからも、二人は何度も繋がった。正面から、後ろから横からあらゆる角度から交接して、時には淫らに腰だけを高く上げて貫かれた。
夜が明けるころには、すっかり体力を消耗し情欲とは違う熱をその身に感じたのだ。
それに気付いた夏侯惇が慌てて典医たちの所に向かおうとしたのを、自分が朦朧とした意識の中で止めたのだ。――

「思い出されましたか?」

「…あぁ」

頷くと布団を持ち上げられる。横になれといいたいらしい。
おとなしく横になると。再び夏侯惇は床に膝をつく。
曹操がやめろと言う前に、夏侯惇が口を開く。

「やはり私に罰を下さりませんか」

「ならぬ」


その時夏侯惇は変な顔をした。否それは正確に言えば複雑な表情というものだ。
切なさと、諦めと、自嘲と、泣きそうな顔の歪み。
だが曹操は夏侯惇のそのような表情をまるで見たことがなかったので、奇異にしか思えなかった。


「……私が遥か昔から貴方様をお慕いしていたとしてもですか」

曹操が目を見開く。

「ずっとそのような目で貴方様のことを見ていました」

「……そうか」

追い討ちをかけるような言葉は、衝撃的なものだ。しかし曹操はどこかで納得していた。
いつかの視線。何かを言いかけた唇。ふとした時の夏侯惇の仕草を思い出せば、様々なことが繋がった。

「…・・・私はお前の気持ちには応えられない」

「存じております」

非情な曹操の言葉に、夏侯惇が動じることはなかった。

曹操は目を閉じた。


「…罰か。そんなに罰が欲しいのか」

「はい」

「ならば私のそばから離れるな。私より先に逝くのも許さん。」

「はい」

夏侯惇の返事に、ふと曹操は肩が軽くなるように感じた。

「…誓え。私への忠誠を。そしてそれを形として見せよ。…昨夜のような形で…」

夏侯惇が息を飲んだ。
言われた言葉が理解できないといった顔だった。

曹操にも何故自分がこんなことを言ったのかよくわからなかった。
ただいつか自分はこの発言を悔いるのではないかという予感がある。
いっそ夏侯惇がこの申し出を断ってくれれば事は終わるかもしれない。
そういう期待すら持っているのに、何故か曹操にはこれで終わらせてはならないという情動があったのだ。



しばらく重い沈黙が続いた。


やがて「御意」と言う言葉とともに目を閉じ続けていた曹操の唇の上に柔らかな熱が落ちた。




Fin

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誰がための罰