それはふとした瞬間だった。
月を眺め酒を交わし、熱っぽく視線が絡めばいつもの合図だ。
唇を合わせ寝台へ移動し、横たえた私の衣服を夏侯惇がゆっくりと脱がしている時にふと口をついた。
「私はお前にいつも酷いことばかりしていると思う」
胸元を乱していた夏侯惇の手がぴたりと止る。
私も同様に驚いていた。意識するよる前に口にしていたそれは息をするように自然と零れ落ちたものだった。
「酷いこととは…公人てしてですか?私人としてでしょうか?」
夏侯惇は驚きから立ち直るのが早い。恐らく彼をそうさせたのは自分だ。
「どちらもだ。どちらでも私はお前に酷いことをしている」
「殿」
夏侯惇はゆっくり首をふる。
「殿が私にだけ無体な命令を強いる。それ事態は私にとっては光栄なことでございます。私にだけ酷いことを強いる。誰よりも私の前でだけ、ありのままに本心言ってくださいます。ありのままの姿を見せて下さいます。あなた様の残酷さは、私にとって喜びでございます」
「だが、お前の瞳はもう戻らない。」
曹繰は夏侯惇の眼帯を外し、爛れた右の瞼をなぞる。
そこにある筈の眼球はそこにはない。
その不在がどれだけ彼を苦しめたこどだろう。
それに、もっと酷いのは。
「…夏侯惇、俺はお前を愛してはいない」
曹繰は苦しげに告げる。非情な言葉、明確な裏切り。
だが私の言葉に夏侯惇は動揺するどころか、毅然としていった。
「かまわない」
夏侯惇の言葉は力強かった。
私と視線も合わせたままだ。
「私はそれでもかまいません」
そう言って夏侯惇は、慈しむように私の頬をなぞる。
胸が痛い。
何故だろう。傷ついているのは夏侯惇だ。なのにまるで私も傷ついたように心が悲しい。さまざまとわかるからだ。夏侯惇を見ていると、彼を自分は利用しているのだとはっきりわかる。
自分が今傷ついたと言うのなら、傷つけたのは夏侯惇ではなく、紛れもない自分の真実の姿だろう。
――すまない。
紡ごうとした言葉はしかし、夏侯惇の唇に防がれて叶わなかった。
「殿、貴方はどんな酷いことをしても良いし、どんな惨い仕打ちを私にしても良い。けれど私に謝ることだけはしないで下さい」
「何故だ」
「私の矜持の問題だからでございます」
微笑みながら曹繰の前髪をかき上げて、額に口付ける。
「…よろしいですか?」
間近に顔を寄せて、事を進めていいかと確認してくる。
その律義さが微笑ましくも、たまらなく彼らしい。
曹繰は苦笑しながら、彼の逞しい背に、腕を延ばした。
Fin
罪悪と快楽
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