意識だけは、はっきりしていた。
ただし体の感覚がぼんやりとしていて、手と足の先の感覚がない。
側にいるのは古くから仕えて来た忠臣たち。
中には血のつながった者達の顔もある。
どの顔もこちらがうんざりするような、沈痛な面持ちでこちらを見ている。


――眠りも死も同じか。


ここに来て曹操はそう達観していた。


どちらも存在が元にいた場所に帰るだけ
人が家に帰るようなものだ。



例え体を一つに繋げても、眠りによって人はまた1人となる。
どんなに傍で眠っていても、目を閉じて見る夢は別のもの。

孤独こそ生物の真の姿。
覚醒して孤独では無いと、錯覚することこそが奇異。



すでに夏侯淵も曹安民も、数多の人々が家に帰っている。



私も、帰ろう。


体が軽くなった。

羽のように体が、意識が高く浮いていく


帰ろう

還ろう


元のあるべき世界へ。




その時ふと強く手を握られた。
見なくてもわかる、自分に向けられている春の日だまりのような視線。


――あぁ、わかっている。




そっと遺された力で曹操は手を握り返す。



お前と私は生きるために二つに別れた一つの魂。


だから生きる必要がなくなった後はずっと一緒だ。


お前だけとは同じ場所に帰ることが出来る。

二人だけの孤独に戻ることが、出来る。



――だから。



ふっと曹操の口元が綻んだ。





さようなら友よ。



また会おう、元譲。





fin



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