現実は認めたくない事実の連続だとつくづく思う。
出会ってから一週間後。
つまり操が廃人のような男と共に暮らすようになって一週間たった後のことである。
いつものように夕方から夜になる頃に目覚めた操はいつも隣で寝ているか、目を開いていても空ろな視線でこちらを見ている男の様子が違うことに気付いた。
男は立ち上がってこちらを見ていた。
「操」
初めて男が言葉を喋った。
「メシは食べないのか?」
操は彼の急激な変化を驚きながらも「…吸血鬼は食わなくても大丈夫だ。知っているだろう?」と答える。
夏侯惇は困った顔をして提案した。
「一緒に食おう」
男の名前は夏侯惇と言った。
それから瞬く間に夏侯惇は自我を取り戻していった。
1ヶ月たった今ではすっかり元に戻ってしまったようで、操が夏侯惇の世話をするはずだったのに今は夏侯惇が操の炊事、洗濯、着るもの、履くものすべてを世話していた。
それどころか狩人業にも復帰して元気に毎週繰の同族を殺している。
忌々しい。本当は絶望にまみれた男のかぐわしい血の匂いを側で愛でるはずだったのに。
しかし真に忌まわしいのは。
今の生気漲る夏侯惇に惹かれている自分がいることだ。
否、今思えば最初から一目惚れだったのだろう。
こんな髭面の、ガタイの良い男に惚れなくても良いだろうと操は自分を嘆いた。
日にちが代わる午前0時。
平常な人間ならば寝始めるこの時間。
夏侯惇と操はほかほかの白いご飯が並ぶ食卓に顔を並べていた。
肉じゃがのしらたきに箸を伸ばしながら操は問い掛けた。
「惇。なぜ儂を殺さぬのだ?」
「ん?」
夏侯惇は操の言葉の意味を掴みそこねたのか一瞬首を傾げた。
その後「あぁ」と納得したように頷いてからニヤリと笑った。
「何を言っている。お前は俺を慰めてくれるんだろう?」
夏侯惇の言葉に性的なニュアンスを感じてカッと顔を赤らめる。
赤面しながらもそもそとご飯を食べる繰に笑いながら、夏侯惇は自分のおかずを操の皿に分けてやった。
あぁなんて忌々しい。
肉じゃがをこんなに美味しく感じるなんて
夏侯惇の快活な笑い声をこんなに好ましく思なんて。
いまいましい。
脳裏でその言葉を繰り返しながらも吸血鬼は狩人に恋をしていた。
To be continued..
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08.8.10
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