相容れない吸血鬼を狩る者と吸血鬼の生活は、多少の妥協をしながらも上手く折り合いをつけて三か月目を向かえていた。


夜。
そろそろ人が活動を停止させて眠りにつこうかという時刻に、2人はぱっちりと目を開いて悠々とリビングで時を過ごしていた。

操は椅子に座りながら、さりげなく動向を伺う。
しかし視線の先の男は一向に動き出す気配がなかった。
ついに痺れを切らした操が問う。


「今日は出かけないのか」

「用事がないからな」


夏侯惇は新聞に視線を落としながら答える。
今日は狩人の仕事がないらしい。操は内心でこっそりため息をついた。
すらりとした体躯が椅子からたちあがる。


「儂は少し出かけて来るぞ」

「気をつけろよ」


新聞から顔をあげてこちらを見た夏侯惇に、操はクッと笑みを浮かべた。


「その言葉、本気で儂に言うておるのか」


この、夜の眷属たる自分に。







口の端から零れ落ちた血液をペロリと舐めとる。
久方振りの吸血で少しいつもより大目に吸ってしまったかもしれない。
恍惚とした表情で意識を失った女を、そっと地面に横たえて、すまないとこっそりと詫びる。
微かに荒い息を整え、気を静める。
人気の無い公園。涼しい夜風がそっと頬を撫でる。
ふっと操が笑う。


「……毎晩ご苦労なことだな」


葉がひらりと枝から離れる。
その葉が地面に落ちる前には、操は公園を飛び出していた。

…3…4…5人

結構いるなと嘆息すると同時に後ろから銃声が響く。
軽やかに銃弾を躱しながら、操は路地裏に逃げ込む。
饐えた匂いがする寂れた路地裏。
足下のゴミを蹴飛ばしながら、建物の上を見上げる。


「…流石狩人よ。よく儂らの行動をよんでおるわ」


吸血鬼の跳躍力も視野に入れ建物の上にも人員を配置している狩人を操は称賛した。
――これでは多少の強行突破もやむを得んな。
身構えた操の手首を何かが掴んだ。
いつの間にそばにいたのか。間近の狩人の気配に一瞬ぞっと操の首筋が冷えた。


「こっちだ」


その声に驚いて声をあげそうになった操の口許を、夏侯惇の大きな手のひらが覆う。
そのまま小柄な吸血鬼を抱えるように夏侯惇が走り出す。
どこを走っているのか操にはわからないまま、道を抜けると誰もいない高架線の下にたどり着いた。
夏侯惇がやっと足を止める。


「……惇。用事がなかったのではなかったか?」

「酒が尽きかけてるのに気付いてな」

「そう、か」


答えながら微かに操は俯いた。
操は吸血行為に後ろめたさを感じていた。
同族に話せばきっと首を傾げられるか、笑われてしまう不可解な感情。
それでも、できればこの男には人の生き血を啜ったことを知られたくはなかった。
本当は今日だってこの男の出かけた後、こっそり家をでて密やかに首筋に牙をたてるつもりだったのだ。
しかし想定外なことに狩人は外にでることなく、だからといって吸血鬼の本能も静められるものではなかった。

電車が頭上を通り過ぎた。
壁に寄り掛かる操に夏侯惇が近付く。
近すぎる距離に、怪訝に思い上を向くと狙っていたかのように口づけられた。
初めてとは思えない遠慮のない接吻に、操は目を白黒させる。


「……血の味がするな」

「なっ」


接吻の合間に呟かれた言葉に動揺と羞恥を覚える。
頬を真っ赤に染めて抗議しようとするも、それすらも舌に絡めとられる。

夏侯惇の手から酒が入ったスーパーの袋が落ちた。
操の肩が捕まれて、壁に縫い付けられる。
角度を変えて何度も口づけ合う。操の意識がぼうっと霞がかかった。
トロリと操の瞳が溶け出した頃、夏侯惇はニヤリと笑った。


「……これで共犯だな」


上がった息を整えながら、その不敵な表情に操は見惚れた。





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08.8.17