「吸血鬼はやっぱり昼間は外に出られないのか?」
「それは吸血鬼にもよるな。日差しを浴びて即死する奴もおるし、真夏の太陽の下でピンピンしている奴もおる。体質の差じゃな」
「お前は?」
「儂は冬の曇天の日なら大丈夫じゃ」
「決まりだな」
「はっ?」
「明日出かける。今日は早く寝ろよ、操」
※※※
サングラス越しにも十分に派手な装飾がなされた町並みを、操は楽しみつつも呆れながら見ていた。
クリスマス。知識の中では知っている人間の行事を操は初めて間近で味わっていた。
企業の営利目的が透けて見えるイベントで、よくもまぁこれだけ盛り上がれるものだ。
否、それをわかった上で楽しんでいるのか。人と言うのは存外にしたたかなものだなと操は思う。
「おい。もう食べたいものはないか?」
「だから儂はそんなに食べないと言ってるだろう」
「クリスマスだぞ?今日くらい胃袋を大きくしろよ」
そう言う夏侯惇の手には、巨大な七面鳥がスーパーの袋に包まれてぶら下がっている。
その上オードブルだ、酒だ、つまみだなどと言って彼の両手はすでに塞がってしまっていた。
さらに別の店に入っていった夏侯惇に付き合う気になれず、操は外で待つ。
こんな食材より洋服を買いたい…と思っていると声を掛けれた。
「わっ、殿じゃん。めずらし―!」
「あぁ¨カ¨か」
現れたのは派手なジャケットを着た男だった。
変わった色のサングラスとアクセサリーは彼のセンスの良さが伺えるが、10人が見たら10人が遊び人と判断する身なりである。
その青年は不満げに頬を膨らませる。
「¨カ¨って呼ぶのやめて下さい。一字名は名字も呼んであげるのが礼儀でしょーに。あんた領主のくせにそんな初歩的な礼儀もなっていないんですか?」
操は声をたてて笑った。
領主相手にこんな口を聞くなど、吸血鬼の間では普通考えられない。
「郭嘉。クリスマスなのに一人か?」
「クリスマスだから一人なんです。特別な奴を作らないのが複数の恋人を持つ男の義務なんで」
いけしゃあしゅあとはよく言ったもので、吸血鬼の青年は悪びれた様子もなく言ってみせる。
郭嘉は操やイクのような穏健派というよりは、博愛主義者である。美しければ吸血鬼や人も関係なく口説く。
一応操の部下であるのだが、恋人とのアバンチュールに忙しいらしく滅多に領地に帰ってこない。
ちなみに昨晩夏侯惇に話した「真夏の太陽の下にいてもピンピンしている奴」というのはまさしく郭嘉のことである。
「殿こそ1人なんだ?」
「いや儂は…」
言いかけた所で、ぐいっと肩を掴まれた。
「そいつは誰だ?」
夏侯惇は鋭く郭嘉を睨み付ける。
郭嘉はいきなり険しい顔で割り込んできた男に少しだけ驚いたあと、しげしげと夏侯惇を眺めた。
「…あぁ。あんたが例の人間か」
郭嘉は納得したように言うと、にっこりと笑う。
「なぁ、殿が耳の裏を噛まれるのが好きって知ってる?」
夏侯惇の指に力が入って操の肩に食い込む。
操は郭嘉の発言に絶句して口をパクパクさせる。
「…操は肩甲骨を舐められる方が弱い。」
夏侯惇は冷ややかな表情でカクカに言い放つと、問答無用に操を家に連れ帰った。
その後の晩餐はまるで通夜のようだった。
夏侯惇は始終不機嫌なままで会話の一つもない。
ホールケーキを二人の男が無言で貪る…という光景はまさしく悪夢でしかなかったのだが、操にはどうすることも出来なかった。
なんとも息苦しい聖夜の夕食を終えて、バスルームに入ると操はホッとした。
流石に出会う前の不貞を怒られても困る。
しかも実のところ操も郭嘉に負けず劣らずの女好き男好きだったので、かなり派手な交際歴を持っている。この程度であんなに機嫌を損ねられたら身がもたない。
と思いつつも、夏侯惇のあからさまな嫉妬にまんざらではない操である。
さてどうしたものかな・・・。髪を拭きながら脱衣所を後にすると夏侯惇に手招きされた。
「なんじゃ?」
「クリスマスプレゼントだ」
夏侯惇の言葉に操の頬が嬉しげに緩んだ。
しかし、差し出された箱の中身を見て不機嫌になる。本気で嫌がらせかと操は思った。
「・・・それは迷信じゃぞ?」
夏侯惇が渡してきたプレゼントは十字架のピアスだった。
「知っている。これはそういう意味じゃない」
薄く笑って夏侯惇は操の耳にピアスをつけた。
ひやりとしたピアスは風呂で火照った体に冷たく、ビクっと操の体が震えた。
「これはお前は俺のものだというマーキングだ」
後ろから囁かれて、耳たぶを舐め上げられる。
ざらざらとした舌の感触。夏侯惇の歯をピアスがぶつかりカチリと音が鳴る。
ぞくりと操の背筋に快楽とも悪寒ともつかぬものが走る。
心拍数が上がる。
バスローブ越しに背中に口付けられて、うっとりと甘い吐息が操の口から漏れた。
Fin
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