※夏侯惇は出版社勤めのリーマンです
春はいつも夏侯惇を落ち着かない気持ちにさせた。
それも軽やかに羽ばたく鳥を見るとより一層酷くなる。
久しぶりに会った従兄弟の夏侯淵にそのことを伝える。
「お前は何も感じないのか」
「何が?」
「薄情な奴め」
夏侯淵がはぁ?と訳が分からないとばかり声をあげる。
夏侯惇だってなんで自分がそんなことをいったのかわからない。
気がつけば自然と口にしていた。
「惇兄のそれってさぁ。あれだよあれ。運命の赤い糸って奴。顔に似合わずロマンチストだなぁ惇兄!」
ニヤニヤ笑う夏侯淵がむかついたので、軽く鼻っ柱をぶん殴ってやった。
典型的な二日酔いの症状を感じながら次の日に出社すれば、隣りの同僚が欠席していてその同僚の分の仕事もこなさなければいけなかった。
最悪だ…。舌打ちする気力もないまま、急遽行くはずもなかった取材地に赴く。
到着してみれば取材する作家の当人がまだ到着していない。
…駆け出しの新人にしてはやってくれる。
ソファに埋もれるように座りながらため息をつく。
今日取材する人物は、大企業の社長から作家に転進したという一風変った経歴の持ち主だ。
彼が学生時代に立ち上げた企業は恐るべき早さで成長し、彼が30を迎える前に屈指の大企業となった。
だが彼は一度筆を握るとあっさりと社長の席を捨てて文壇に入った。
残念ながら夏侯惇は玄人向けと呼ばれる彼の著作をよんでいないので、今日のインタビューをどう凌ぐか考えなければならない。
考えつつもうとうとしていた夏侯惇はドアが開いた音に、寝ぼけ眼で反応する。
だが扉に立つその姿を見て、目を見開いて立ち上がる。
胸が震えた。
夏侯惇はこれまでのすべてを一瞬で理解する。
窓の外でバサバサと鳥が飛び立つ。
文壇の若き新人は不遜にして、いたずらっぽく、そして――大層魅力的な笑みを浮かべた。
「待たせたな」
春告げる鳥の明るい声が空に響く。
Fin
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