「赤鬼殿も落ちぶれたものだ」


 言葉にべっとりと張り付いている陰湿な毒に、豊久は足を止め、眉をしかめた。会話は庭先から聞こえた。

「つい先日も家臣を手打ちにし損ねたとか」
「腕がな。もうまともに上がらんのだ」
「もう誰も、人斬り兵部を怖がらん。兵部が怒っても薄ら笑いを浮かべるだけよ」
「これも因果応報。これまでの報いという奴か」

 豊久は黙って聞いている。他家の居候の身であるため口を出すことが出来ない。
 しかし家臣が己が主を侮辱する不快さはいかんともしがたく、一歩踏み出した所で、後ろから声をかけられた。

「豊久」

 はっとして振り返れば、この城の主がいつも通りの能天気な表情で立っていた。

「井伊殿…」

 今の話、聞こえていたか否か。
 直政の様子からそれを量ることは叶わず、また考えるのも無駄だと悟った。運良く此処で聞いていなかったとしても、どこかで彼の耳に入ってしまっているだろう。
 直政は豊久にむっとした表情を見せる。

「下の名前で良いって言ったのに」
「…何か、私に用件が?」
「ああ、南蛮の珍しいからくりが手に入った。見に来ないか?」
「行こう」
「最近、豊久の付き合いが良くて俺は嬉しい!」
「勘違いするな。暇だからだ」
「では暇殿に感謝するとしよう」

 屈託なく笑う直政に、豊久はやれやれと息をつく。
 直政の私室に向かいながらも、先ほどの不快感が澱となって胸に残った。