佐土原城では戦の支度のために慌ただしい空気が漂っている。
姫は夫である豊久の支度を手伝っていた。
豊久の戦装束を見るのは二度目だが、立派な体躯を持つ豊久には陣羽織がよく映える。
妻である姫から見ても、ほぅと見惚れる程豊久は凛々しかった。
「留守を頼みます」
「はい。――ご武運を」
頭を下げて豊久達の出陣を見送ると、姫はパタパタと私室へと走る。
私室の襖を開けると、中央に一つ、見覚えのない葛篭が置いてあった。
「あった…」
姫はほっと胸を撫で下ろした。
****
それは前回の出陣の時の話である。
姫は今日のように豊久を見送った後、私室に見覚えのない葛篭が置いてあることに気付いた。
中を見れば一目で高価とわかる、美しい着物。
姫は見覚えのないそれをさほど深く考えず義母様の着物を侍女が間違えてこの部屋に置いてしまったのだろうと判断して、義母に返すように側にいた侍女に頼んだ。
そして無事に戦から帰還した豊久がどこかそわそわとこちらを伺っているので、何かと思って尋ねてみた。
「……ふん。私が城を出たとき部屋に葛篭がありませんでしたか?」
「葛篭?あぁ義母上の着物が入っていたので、お返ししました」
「……そうですか」
その時の不機嫌そうな、けれど何も文句を言えない豊久を見て姫はすべてを悟った。
思わず「しまった!」と言ってしまいそうになるほどの失策だった。
****
「…まったく。豊久様も私に贈物なら贈物とそうおっしゃってくれれば良いのに」
姫は苦笑する。素直にそれが出来たらそれはもう豊久ではない。
葛篭の中には美しい着物が入っていた。
「わぁ、綺麗…!」
感嘆の声をあげながら「豊久様って趣味がよろしいんだわ。ちょっと意外」と思う姫である。
「これを着てお出迎えしたら豊久様は喜んで下さるかしら?」
豊久が勝って帰ってくることをまったく疑っていない姫は来たる日をうきうきと待望んだ。
Fin
>>BACK
|