島津は豊臣政権に膝を屈した。

豊臣家から派遣された石田三成を見た時、姫は不謹慎ながら少し好みだなと思った。
男にしては線の細い体躯に、薩摩では珍しい白い肌。
何よりも奉行という肩書きが彼を理知的に見せ姫は魅力を感じた。

そして夜。

豊臣家から訪れた石田三成を歓待する宴が島津家で行われた。

宴は和やかに進み、特に義久と義弘それに三成の家臣である島左近は戦術の話で大いに盛り上がっている。
姫は主賓である三成の酒が空であることに気付くと彼に近寄った。

「おつぎ致します」

近寄って声を掛けたがいっこうに杯が差し出される気配がない。
もう酒は不要ということだろうか。顔を上げて三成を見ると彼はぼぅっとこちらを見ていた。
姫は首を傾げた。

「どうかなされましたか?」

そう声を掛けると、三成ははっと肩を揺らした。

「…あ、いえ、その…」

彼は顔を赤らめて馬鹿正直に答えた。

「貴女があまりに綺麗だったので、つい見とれてしまいました…」
「まぁ」

姫は世辞の下手な方と笑いながらも、予想だにしない言葉に顔を赤らめた。
その時である。

「――殿」

それまで黙々と酒を飲んでいた豊久が低い声で自分を呼んだ。

「もう夜も遅い。部屋に戻られよ」
「えっ、でも…」

まだ宴は終わる気配がないのに下がって良いだろうか。そう言い募ろうとするとぎろりと鋭い瞳で睨まれた。

「ふん。この場は貴女がいなくても事足りるのです。そんな事もわからないのですか」

姫は豊久の言い方にむっとしたが、彼から理解出来ない怒りを感じて口を閉ざす。
ここは大人しく従うのが上策として、姫は頭を下げてその場を去った。





数刻後。予想通り不機嫌そうに豊久は部屋に戻ってきた。
何も言わず寝着に着替える豊久を手伝いながら、ちらりと彼の様子を伺う。
彼は姫と目を合わせないようにしていた。姫はそれを見て決意する。

「――豊久さま」

真剣な面持ちで姫が正座すれば豊久もしぶしぶという風体で正座した。
そのまま姫がじぃぃっと豊久を見つめると彼は居心地悪そうに下を向いて懐手をした。
しかし、しばらくすると豊久も観念したように息を吐いた。

「…ふん。貴女がいけないのです。私の妻のくせに他の男の言葉に頬を染めるなど…よくそんなはしたない真似が出来たものだ」

「な、そんな…!たかがあれくらいではしたないって……」

まさかちょうどその場面を豊久に見られていたとは思いも寄らず、姫は慌てる。
すると追い討ちをかけるように豊久は言葉を畳み掛けた。

「ふん。石田殿は貴方の好みの男であるはずだ。違いますか?」

姫が豊久の扱いに慣れてきたように、豊久もまた姫の好みを分かり初めていた。
そこまで言われると姫は悟られた羞恥に頬を染めて、それから――開き直った。

「確かに石田殿に少し心をときめかせたのは認めます」
「…認めましたか」

自分で指摘したことなのにいざそれを肯定されてみると、幾分豊久の声が沈んだように聞こえた。

「しかし豊久殿にも非はありましょう!」
「はっ?私に何の非があるのです?」
「貴方様が一度も甘い言葉を言って下さらないから、世辞の一つにも慣れないのです」

豊久は予想外の言葉に目を見開いて驚き、動揺を取り繕うように言った。

「なっ…男が女子にかようなこと軽々しく言える訳がないでしょう!まったく馬鹿なことは言わないで頂きたい……」

馬鹿なこと…
小さく呟くと、じわりと姫の目尻に涙が浮かんだ。
夫から優しい言葉をかけられず、他人からかけられた世辞に赤面する。なんて情けないのだろう。
まるで夫と褥を共に出来ず、他の男を連れ込んで股を広げる女のようではないかと行き過ぎた思考に陥る。いっそう涙腺が熱くなり、姫はぽろぽろと涙が零れた。

「な! 何故そこで泣のです!?」

豊久は姫に驚いたようで、らしくもなく中腰になっておろおろする。
姫はぎゅっと袖を握り締めながら嗚咽まじりに答える。

「貴方にとっては馬鹿なことでも女にとって言って欲しいことなのです…!」

次から次に涙が零れて行く。
少しの間、沈黙が落ちた。
豊久はゆっくり溜め息をついた。その溜め息に姫が癇癪を起こそうとした時だ。

「……一度しか言いません」

そう豊久が宣言し、下を向いたまま言った。

「貴方は、とても、美しい」

えっ、と姫が顔を上げた時は遅かった。
豊久は後ろを向いて、すたすたと寝床に向かっていた。
姫はぱちぱちと涙で濡れた目をしばたいた。言われた言葉がすぐに理解できない。
戸惑っている最中、さらに寝具の上に姫に背を向けて横になった豊久の言葉が被さる。

「…一つ言っておきますが私は世辞などという無駄なものは嫌いです」

そこまで言われて姫ははたと気付いた。
豊久が薄暗闇でもわかるくらい耳を真っ赤にしていることを。
姫はかぁぁと猛烈な勢いで頬が熱くなるのがわかった。
彼女の顔は三成に褒められた時より遥かに赤くなっていた。




Fin

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