見つめてくる目は大きくおなごのようで、
白い肌はみずみずとして柔らかい。
握られた手の平からだんだん熱くなるのがわかった。
父上、伯父上、どうぞお許しください。
豊寿丸は先立ってしまうかもしれません。
月に一度の座の市。
がやがやと人で賑わい溢れかえって、すれ違うのもやや難しい程に混み合う。
茶屋の長椅子に腰掛ける豊寿丸がきょろきょろとあたりを見回した。
伯父の義弘とはぐれてもう半刻にはなる。
迷子になったときは動かぬようにと言われ、
そのとおりこうやって動かず座っているけれども、
周りは賑やかなのに自分の周りだけシンとしている気がして益々心細く。
伯父上は帰ってしまわれたのかなとか、
無理やり付いてきた豊寿丸にお怒りなのかなとか、
寂しければ思考もやや下向きの事しか思い浮かばず、
不安げな顔付きで茶屋の娘に貰った団子を一つ口に入れる。
「伯父上ぇ…」
じわりと滲み出てくる涙をぐっと堪えてみるものの、
人混みに大好きな伯父の姿が見えないとなるとどうにも堪えきれず、
ポロポロと大粒の涙を落とした。
「団子がまずかったのか?」
ここのはうまい筈なのに、
突然童子に声を掛けられ目をぱちくりとさせる。
いつの間にやらちょこんと隣に腰を掛けた童子は、自分と年の頃も変わらないくらいで身形良く、肌の色は白い上に目もくりくりとして可愛らしい。
薩摩でもなかなか見かけぬような愛らしいかんばせに豊寿丸の心がドキンとはねた。
「万千代も今日叱られてな」
お屋敷から逃げてきたんだと、足をぷらぷらとさせて寂しげに。
「お団子、」
"お団子美味しかったよ"おずおず差し出だせば、
今度は万千代が目をぱちくりとさせ豊寿丸を見つめて。
次いで零れた屈託のない笑顔に、矢を射られたような心持ちがしてますます顔が熱くなる。
"ありがとう"と手を重ねられ脈は早鐘の如く打ち鳴って、
頬は病かと思う程に熱く燃えるようで、
触れているところから伝わってしまうんじゃないかとそわそわしながらも、
団子を頬張る姿を見れば何とも愛らしく豊寿丸にも笑みが零れて。
ふと目に付いた目元の赤さにツキンと胸が痛む。
きっとこの子もたくさん泣いたんだ、
そう思うとやるせなく、
「いつでも薩摩においで」
豊寿丸が守ってあげる、
両手をぎゅっと握り万千代の顔を見つめれば、
照れたように笑って手を握り返されて。
豊寿丸の頬に柔らかい唇が小さな音を立ててふれる。
顔を真っ赤に染める豊寿丸を見やって、
また万千代が微笑んだ。
**********
「…なっ!?忘れたとは言わせんぞ!」
直政が杯を転がして立ち上がる。
「忘れたから忘れたと言っているんだ」
いちいち喧しい、
下からやや睨みつけるようにしながら、
豊久が椀に注いだ酒を呑み干した。
「大体何年前になると思ってるんだ」
そんなの覚えている訳がないだろうと、
瓶に柄杓を突っ込んでまた酒を注ぐ。
「俺は今でもはっきり覚えているぞ!」
あの類を見ない可愛らしさは江戸一の娘にも勝る、
豊久が言い出さなかったら俺が求婚していた、
そう拳を握り締め無駄に熱く語るものの、
当の本人、豊久は聞く耳持たずヒョイヒョイと酒を煽り手を止めることはなく。
義弘、家康の話から始まって、何故かころりと幼少の頃の話へと変わり、
そういえばと直政が語り出した話は豊久にも覚えがあるもので、
思い出せば思い出すほど面映いその話に耳が痒く、
一言"知らん"と言い捨てた。
当時の直政、万千代の顔を思い浮かべてみればやはり可愛らしく、
よもやあの娘のような子がこんな熱血馬鹿になるなど想像もつかない。
確かに僅かながら面影はあれど、一人前の男になってしまっては昔の華奢さなど綺麗に消え失せてしまって。
「俺はな、一目でわかったぞ」
あの時の豊寿丸が豊久だって一目でわかった、
ぐいいと顔を寄せて悩ましげな目線で見やる。
見つめてくる目だけはあの頃と変わらず、合わせられずにひょいと逸らした。
「…報せも何も寄越さなかったろう」
薩摩にも来ない、文も何も来ない、それでどうして覚えていろと、
ジワリのしかかって来る直政の肩を押さえ。
「何だ、寂しかったのか」
図星を突かれて思わず拳を振り上げる。
珍しく避けられ宙を殴れば、そのまま腕を掴まれ倒されて。
"お前を忘れたことなど一度もない"
耳元で囁かれる声が熱い。
「初めてだったんだぞ」
泣いている姿に心を奪われた、
唇を押し付けながら愛おしむように言葉を続け。
泣きながらも負けじと面を上げる姿に、
握られた手の平のあたたかさに、
つられてはにかんだ笑顔に、
「豊久、」
忘れたなんて言うな、
付け額をコツンと合わせて見やる。
「…あの茶屋はまだあるのか」
きまりが悪いのかそっぽを向いて。
「あそこならまだあるぞ!」
美味い団子があるからな、
嬉しげにきらきらと笑う。
"そのうち食いに行くか"と囁いて、
豊久が小さく音を立て直政の頬に口付けた。
Fin
ハツハル
□ ■ □
「アカツキ97」のセツ様より頂きましたv
自分では書けないくせに「読みたい〜、読みたい〜」と思っていた
『万千代とことよ物語』をリクエストしたら
なんとこんな可愛い素敵作品を賜りました>▽<
ぽろぽろと涙を流すことよちゃんが可愛いくて、
「薩摩においで。守ってあげる」なことよちゃんはいじらしくも格好良いvv
そしてとってもませてる(笑)万千代の「愛らしい白いかんばせ」という描写に鼻息がとまりません!!
直豊編ではことよちゃんが立派なツンデレに成長を(´▽`
)直政は堂々と初恋宣言するしvv
ときめきがとまらない素晴らしい作品でした!!ありがとうございますvv
10.1.11
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