いつの間にか追う者は獲物に似てくるものだろうか。そう思うほど目の前の男達は本物よりも本物らしかった。
警察捜査4課。通称マル暴。
一目見て屈強とわかる体躯に、本当に堅気なのかと思ってしまう凶悪な人相が並ぶ中で、彼だけが異質だった。
高い背にスタイルも抜群で、同じ男からみてもその顔立ちは端整だった。あの男は刑事などではなくモデルでもやっていた方が良いのだと陰口を叩かれるのが良く分かる。確かに口を開かないモデルならばこの男もやっていけたかもしれないと豊久も同意する。
しかし一見して場違いと思うこの男こそ、巌のように厳しい同僚を差し置いてヤクザにもっとも恐れられていた。
敵方に赤鬼というあだ名をつけられている彼は閉じていた目を開けて、にこりと笑った。

「余裕だな。豊久。こんな時に俺の顔に見惚れているのか?」
「いえ・・・」
「そうかホシより俺が好きか。手柄より愛をとるとはお前は真に正義の味方だな!」

この場にいる中で最も年若い豊久をからかう直政に、同僚達は声を立てずに笑った。
すっと直政が息を吸うと、男達の顔が再び引き締まった。

「突入」

言葉と同時に扉を蹴破る。

「警察だ!麻薬不法所持及び麻薬不法取引で現行犯逮捕する!」

何事かと上を向いた男達が侵入者に向かって銃口を向けたが、侵入者の中に直政の姿を見つけると大半の者は戦意を喪失したように舌打ちして銃を下ろした。
ばたばたと刑事達が素早く階段を飛び降りるようにして、派手な身なりの男達を次々と取り押さえていく。
ほとんどのヤクザとバイヤーが観念する中で、1人、血気盛んな金髪の男が銃を握り直した。

「サツがいきあがりやがって・・・!」
「馬鹿、よさんかい!!」

年嵩の男の制止もむなしく金髪の男は発砲した。
発砲音にその場が凍りつく中、直政だけが嬉しそうに笑みを浮かべた。
金髪の男は刑事の手を逃れて逃走する。

「礼を言うぞ!若いの!」

そう言って直政は喜々としてチンピラを追いかけて行く。

「直さん。あんたも充分若いって!」
「豊久、直さん止めて!」

言われなくても止めに行くつもりだった。豊久は確保していた幹部に手錠をかけて同僚に渡し、走り始めた。後ろでは「あぁ、また上と総務に文句言われちまうよ…」という同僚のぼやきが聞こえる。
外に出た瞬間、渇いた銃声が一つ響いた。
見ればコンテナの横でチンピラと直政が対峙している。お互い銃を構えているが、ヤクザの三下の方は銃を持つ手が震え、前を向いたり後ろを向いたりと落ち着きがない。
豊久は迷わずコンテナの後ろに回り込んだ。

「逃げるな。逃げると撃つぞ!」

警告なのに直政の表情はわくわくと金髪の男が逃げ出すことを望んでいる。
チンピラが走りだそうとした瞬間、コンテナから豊久が飛び出し、男の腕を掴んで地面に叩き付けた。
直政は銃口を下ろし、手錠を豊久に放り投げる。

「放すなよ。そいつがヤクの卸屋との連絡役だ。金髪で口にピアス、掌に蜂のタトゥの男」

豊久は驚いた。やけに最初からこの男に狙いを定めていると思ったら、連絡役だと確信していたらしい。本当にこの男は油断がならない。

「…さすが豊久。俺の自慢の相棒」

一方、相棒を褒めながらも、直政の表情は不満げにぶうたれていた。
彼は名残りおしそうに銃を一度見てからホルダーに戻したのだった。






署に戻り報告を終えると、上司は部下に労いの言葉をかけた。

「みなさんお疲れ様でした。身内に怪我人がいなくて、いやぁ良かった!ではみんなよく休んでください。解散です。…が、直さんと豊久君は残ってください」

最後の一言に一同苦笑が漏れる。聞き慣れた台詞なのだ。
同僚らは豊久と直政の肩を叩き「お先に」と告げて去って行く。
残ったのは室長の田中と、捜査4課問題児ペアと名高い直政と豊久である。

「えっと…まず直さん。これからはくれぐれも発砲しないようにってお願いしたと思うんだけど…今回発砲したのはどうして?」
「威嚇です!」

極めて低姿勢で尋ねてくる室長に対して、堂々胸を張って直政が答えた。
田中室長は首の裏に手をあてる。

「そっかぁ、威嚇じゃあしょうがないかなぁぁ」

それで良いのか。と豊久は心中で突っ込んでしまうが、毎度のことである。
基本的に田中室長は部下の意見に折れる。否、折れるというよりはむしろばきばきのぼきぼきで、清々しいほど反論をしない。それで彼が何故部下から舐められないかと言えば、彼独特の癒しのオーラというべきものが理由である。縦社会で縄張り争いのたえない警察内部において彼の微笑みの神々しさといったら。思わず仕事終わりには彼に向かって手をあわせたくなるほどだ。
その人徳だけで出世したと言われている彼はそれでも「なるべく威嚇でも発砲しないでくれると私は助かります」と直政に釘を刺してから豊久に向き直った。

「あと豊久くんもね。柔道黒帯の技は格好良かったと思うけど、逮捕した彼、肋骨折れちゃったからね」
「気をつけます」
「いやぁ、あのぉ…。うん。次からは気をつけて、ね?」

それ以上前傾したら倒れてしまうのではないかと危惧するほど腰を曲げて、田中室長は困ったようにお願いした。
二人は大きな声で「はい!」と答えて部屋を出た。

「はぁぁ。やっと一件終わったなぁ」

直政は欠伸をしながら体を伸ばした。

「これで久方振りの我が家に帰れるな」

そう言って何故か直政は悪戯っぽく豊久を見た。
豊久はちらりと直政を横目で見て無言で頷いた。






布団からにょきっと出た白い腕が、ぱたぱたと畳みを叩き何かを探しているような素振りを見せたので豊久は近くにあったライターと煙草を渡した。
直政は軽く礼を言って煙草に火をつけた。

「そろそろ俺達のことがバレてくるかもな…」

にかっと無邪気に直政が笑いかけてくる。

「ホモだとバレたら益々出世街道から外れるな。俺たち」

そう、二人はデキていた。
二人が仕事上のパートナーになったのは一年前だ。4課に配属されたばかりの豊久と若手でありながら署内で一目を置かれている直政。二人は出会って一週間で私的なパートナーにもなった。告白は壁にべたべたと染みがついて、もくもくと煙草の煙が漂う大衆食堂。「俺、お前のこと好きっぽいんだけど」「あぁ、実は自分も」焼き魚だか煮魚だかをつつきながらの告白だった。そのままその日に体を重ねて、「実は男同士のセックス初めてだったんだが」「あぁ、俺も俺も」と二人は一つ大人になった。かくして電撃的に゛デキちゃった゛二人であった。速攻でくっついた関係ならば、速攻で破局するのではと豊久は密かに危惧を抱いたものだが、何ごともなく先日できちゃった一年目を無事迎えた。
まぁ、それはともかく。豊久は鼻を鳴らした。

「ふん。出世街道など俺はごめんだ。そもそも俺もお前もおブケなど勤まるわけがないだろう。日がな電話と書類のデスクワークだぞ」

そもそもが4課問題児ツートップの二人である。集団行動、何それ?とばかりに単独で目茶苦茶な行動をする直政と筋が通らないと思ったらズカズカと上司に歯に衣着せぬ物言いをしてしまう豊久。
閑職に飛ばされることはあっても出世などとは程遠い…と言いたい所だが、実は直政には出世どころか大出世の可能性があったりする。
しかし問題の直政はまったく出世する気はないようで「まったくだな」と笑いながら、灰皿に煙草を擦り付けた。
それから気怠げに起き上がると、豊久の体によじ登った。豊久は呆れた。

「まだやるのか?」
「う…ん。やる。今やっとかないと、次いつやれるかわからないし」
「…挿れたまま、途中で爆睡されるのはもう御免だぞ」
「そんことあったか?」
「……あった」

豊久は溜め息をつき、開脚して直政の腰に足を絡める。

「まぁいい。やるのならさっさっとやってくれ」
「さすが豊久。男前な抱かれっぷり」

茶化しながら豊久の後孔の縁をなぞる。そして呆れるほどの早業でコンドームを装着すると、ためらいなくねじ込んで来た。

「…ぅ…くぅ…」

いくら繋がったばかりと言っても、最初は辛い。
だがそれもすぐに快楽に取って変わる。容赦もなければ情緒も欠片もない激しい律動。ただ肉欲を煽り満たすことを目的とした動きは、確実に体の中心から快楽を広げていく。

「…ぅ…ぁっ…ん、はっ…ぁぁ…」

内奥を熱い肉が乱暴に擦って行く感触にたまらず豊久のかみ締めた口元から声が漏れ出る。

「…っ…は……とよひさ…っ」

豊久ほどではないが呼吸を乱した直政が名を呼んだかと思えば、唇を塞がれた。
息までも吸いとるような獣の野蛮なくちづけ。豊久も挑むようにそれを受け入れ、舌を絡める。

「! …ふ、ぅぁ…くっ…」

キスに夢中になっていると熱く震える陰茎を掴まれ、激しくしごかれた。快楽に眉が寄る。
律動がより激しくなり、体が大きく揺さぶられる。

「…はぁ…ぁあ…ひっぁ…ぁ…」

どくどくと熱が溜まっていく。
ぴん、と足の筋緊張した。

「…ふぅぅっ、ぁ…ん…っぁぁ!」

直政の背中に爪を立てて豊久が果てた。力尽きたように直政の体に絡めていた足も布団に落ちる。

「くっ…!」

少し遅れ、直政も達した。ゴム越しに熱が放たれたのを感じて豊久は息を吐いた。
荒い息遣いが重なる。
豊久は頬に張り付く髪をかきあげ、胸を大きく上下させて息を整える。その胸にぺちゃっと潰れた蛙のように直政が落ちてきた。

「…はぁ…気持ちいい…」
「暑い。重い。どけ。早く」
「気持ちいいから…このまま……寝る」
「は?待て、寝るな。抜け!………まったく!!」

呆れを通り越して驚嘆するほどの寝つきの良さで、直政は夢の世界に勝手に飛び立ってしまった。
豊久を顔をしかめる。尻に直政のものがまだ入っている。固さを失ったそれは、行為を終えた今となっては不快でしかない。
豊久は直政を上に乗せたまま横に向いた。ごろり、と彼の体を転がす。ついでに彼の陰茎が豊久から離れ、使用済みのゴムが二人の間に情けない風情で落ちた。憮然としながら豊久はそれを後始末し、体の汚れも拭って布団に潜った。
直政などは体の汚れもそのままに、掛け布団も無しに眠っている。知ったことか、と思った。
だがものの数分とたたずに豊久は隣りへ乱暴に掛け布団を投げ付けたのだった。





ぶるぶると携帯の振動が寝床まで伝わって来た。
仕事柄寝起きは良い。豊久はすぐに音源の方に手を伸ばす。豊久と直政の服が積み重なっている中から音がしている。ごそごそと探していると固い感触があったので引っ張り出す。
ひゅう、と豊久の喉が妙な具合で鳴った。此所にありうるべからざるものがそこにあったのだ。
あの馬鹿。唐突に走った頭痛を罵倒の言葉で和らげ、携帯を見つけ出した。

「はい。島津です。…………わかりました。すぐに署に向かいます。」

予想通りの通話を終えて、あの馬鹿こと間抜け面で寝こけているパートナーに向き直る。
真冬のシベリアの氷のより冷ややかな顔をして、豊久はそれを直政のこめかみにあてた。

「…三秒以内に起きろ。これは何だ」

地を這うような低い声に直政は「…うん?」とそれなりに早く反応した。こちらも職業柄寝起きは良い。
直政はこめかみにあたるそれが自身の愛用の拳銃だと気付くと、ぱちぱちと目を瞬かせた。

「あー…そう言えば返すの忘れてたな。うっかりちゃんこだ!」

豊久は今すぐにこいつを刻んでちゃんこ鍋に放りこんで、汁という汁がなくなるまで煮込んでやりたいという衝動にかられた。
直政はそんなことより、とその問題を一言で話題の隅に追いやって、うらみがましそうな視線を豊久に送った。

「俺、下がカピカピなんだけど…」
「知るか!お前の粗末なものなんてずっとカピカピで充分だ」
「酷い!壮絶に酷い!俺の粗末じゃないもん!豊久には負けるけど!!」
「煩い!お呼び出しだ。早く支度しろ、このカピカピ!」

ぼこっ!と直政の頭を銃で殴ると、彼は涙目になって訴えた。

「暴力反対!言葉の暴力大反対!それ即ちすべて悪!!」

阿呆なことを際限なく口にする相棒を豊久は足蹴にして風呂場においやったのだった。






Fin

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初出09.5.31