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バレンタイン当日は土曜なので、社内はその代わりにとばかりバレンタイン前日に浮き立っている。
三成は昼休みに隣りの会社に向かった。隣りは三成の勤める会社の系列会社。そこに三成の恋人がいた。
彼が居る部署まで来て、誰かに彼を呼んで貰おうと扉の前に立つ。
すると彼――豊久のデスクの前に彼にチョコレートを渡そうとする女性が列を作っているのが見えた。
三成は長蛇の列にショックを受けつつも、「さすが豊久殿!」と妙に感心してしまった。とうの豊久はいつも通りのしかめっ面で、いかにも事務的にチョコを受け取っている。
「ありがとうございます。そちらの紙に名前とホワイトデーに欲しい菓子を書いて下さい」
そう言って豊久は片手でチョコを貰って、もう片方の手で隣りの机に置いてある紙を指差す。
本当にすごく事務的だ。
このあたりがせっかく女受けの良い顔をしているのに会社の半分の女性から敬遠されている所以である。
それでもかなりの人数が並んでいる中、ぴたりと列の進みがとまった。
何ごとかと思えばある女性のチョコレートを豊久が断っていた。
「1000円以上のものは受け取れません。こちらにもお返しの予算があるので」
三成はショックを受ける。
部下の娘に選ぶのを手伝って貰ったチョコレイトは有名ブランドのもので、品の良い見た目どおりそれ相応の値段のものだ。
1000円以上のものを受け取ってくれないなんて…
完璧なリサーチ不足だ。三成はすごすごと自分の会社に戻っていった。
※※※※
就業時間はとっくにすぎている上に、金曜日ということもあって会社にはもう三成以外誰もいない。
三成は1人、静かな喫煙所で紫煙をくゆらせている。
コートを羽織って、鞄も持って、もう帰る支度は万全だというのに三成はなかなか行動に移れなかった。
その原因になっているものをごそごそと鞄から取り出す。
現われたのは昼間に渡しそびれたチョコレート。雑多な三成の鞄の中に長時間いたため、リボンが少しよれている上に、箱の角が多少丸くなってしまっている。
「…はつにあげようかなぁ」
ぽつりと三成は石田家のハウスキーパーをしている女性の名前をだす。
いつもお世話になっているし。逆チョコも流行ってるし。一緒にこのチョコを選んでくれたたまきにあげるのは罰が悪い。豊久に渡せないならば、それが一番良い気がする
「そのチョコ。誰かにさしあげるのですか?」
「豊久殿!?」
振り向くと、いつの間にいたのか、悪鬼の形相になっている豊久がいた。
豊久の機嫌は三成の鞄の隣りに置いてある紙袋をみつけてさらに悪化した。
「…ほぅ。随分大量のようですね」
三成が今日貰ったチョコが入った袋だ。
親しみやすい性格と、年のわりに高い地位で毎年三成もそれなりの数のチョコを貰えるのだ。
「こ、これは部下が気を使ってくれただけで…全部義理です…と、豊久殿だっていっぱい持ってるじゃないですか!」
「私のことはどうでもよろしい。で、そのチョコはどなたに贈るつもりですか?」
よくない!全然どうでもよくなんかはない!!と声高に叫びたいが、詰め寄ってくる豊久が怖すぎて反論出来ない。
大人しく三成は豊久の問いに答えた。
「だ、だって!1000円以上のチョコは受け取れないって豊久殿昼間言っていたじゃないですか!!」
豊久は呆れ果てた顔をした。
「…石田殿。馬鹿。と何回罵って欲しいですか?」
「なななんでそうなるんですか!?」
「そんなこともおわかりならない?…まったく貴方って方は…」
豊久はこれ以上大きな溜め息はつけないだろうと言う盛大な溜め息をついた。
そして戸惑う三成からチョコを奪った。
「つまりこのチョコは私へのものなのですね。ありがとうございます。確かに受け取りました。」
「えっ、あれ?でもそのチョコ」
「………1000円以下しか受け取れないと言ったのは義理に関してです。それくらいわかって下さい」
――あっ。そういうことか。
初歩的と言えば、あまりに初歩的なことに三成は恥ずかしくなって身を縮める。
「…ふん。まぁ、この高級そうなチョコが義理チョコだと言うのならお返ししますが」
「ち、ちがいます!本命です!本命中の大大本命です!!!」
言った途端三成はしまった。と思った。顔が先などより遥かに赤くなる。
対して豊久は人の悪そうな、それでいてとても嬉しそうな顔で笑っていた。
「それで石田殿はお返しは何が良いですか?」
「あっ、はい!」
そう返事をすると三成は手を差し出してきた。
「はっ?」
意味が分からず、豊久は眉をひそめる。
言外に「今はプレゼントなんて持っていない」と伝えると、三成は豊久の顔色を窺いながら首をかしげた。
「えっと…お返しの希望は紙に書くんですよね…?」
豊久は本日何度目かわからない溜め息を吐いた。
「…石田殿。貴方は馬鹿です。致命的に馬鹿です。反論は許しません」
「えっ!!な…なんでですか!?」
豊久はぎろりと鋭く三成を睨んだ。
「どこの世界に目の前に恋人に欲しいものを紙で書かせる人がいますか。子供のサンタクロースへの手紙でもあるまいし。生憎と私にはしっかり機能する耳があります。――それとも紙に書いて義理と同列に扱って欲しいですか」
「あ、あぁ…そういうこと…」
「ふん。で、何が欲しいのですか。早くおっしゃって下さい」
「わ、わかりました。言います!」
三成ははっきりとそう言ったものの、続く言葉がなかなか出てこない。
阿呆のように口を開けては閉じを繰り返している。
焦れた豊久が再度睨むとようやっと決意したようだ。
が、そのまま言う勇気はなかったようで、こそこそと口を豊久の耳に寄せた。
耳元で囁かれた三成の言葉に、豊久の思考は一時フリーズした。
――今夜、豊久殿の家に泊りたいです。
そんなお返しじゃ駄目…ですか?
段々と尻すぼみに成る音量と共に、三成の頬やら首やらが真っ赤に染まる。
一瞬呆気にとられた豊久だったが、我に返ると不敵な笑みを浮かべた。
三成の手を取り、抱き寄せる。
その時のキスは煙草の味がして苦いものだったが、その日の夜はチョコよりも甘いものだった。
Fin
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