「ローションはあるか?」
「……ある」

直政はサイドテーブルの引き出しを指した。
豊久は用意の良いことだと感心しながら、チューブを取り出す。
だが視線を戻せば、直政がシーツに顔を埋めている。
その仕草に、ああこのローションは父と使っていたものなのかと察した。気まずさに顔を背ける直政を宥めるように豊久は背をさすった。
お前を傷つけたくないと言えば、直政はうんと軽く頷いた。
チューブと押してローションを取り出し、直政の秘処のまわりに塗りこんでいく。皺の一つ一つ。確かめて丹念にほぐす。

「…中に塗っても平気か?」

ぐるりと縁を撫でながら、豊久は伺いをたてる。
それに焦れた直政は豊久からチューブを奪うと、秘所に自らの指をつぷりと差し入れた。

「ぅんっ…」

直政の濡れた指が中に塗り込むように動いているのがわかる。せわしなく動く指。指を銜える秘所。まるで自慰のような直政の媚態。それに怒ったような、早く…と強請る挑発的な直政の視線に理性が焼き切れていくのを感じる。
豊久は誘われるまま濡れた指を、すでに直政の指が入っている秘所に捻り込んだ。
格段に窮屈になって直政が呻く。直政の指と豊久の指が狭いその中でぶつかり合う。

「っ、あぁっ…!」
「直政…!」

くちゅくちゅと直政の体の奥から濡れた音が響く。直政も豊久も抜き差しする指の動きは止まらない。
身を捩り動こうとする直政の足を片手で押さえつけていれば、直政の手がふれてきたのでその手を握る。直政の顔にほっと笑みが浮かんだ。
ローションが中で暖められたのを感じると、豊久はずぷっと指を抜いた。直政も熱く息を吐きながら抜く。

「…ゴムを使うのならさっきの引き出しに」
「……俺も持っている」

少しだけ沈黙した後、二人はくすりと笑った。
二人とも同じことを考えていたのかと思うと、安堵とおかしさがこみ上げてくる。

「豊久はむっつりだなぁ!」
「お前があけすけなんだ」

軽口を叩きながら豊久がぴりっと避妊具の包装を破った。二人ともそれが避妊以外でも役立つ道具だとわかるくらいには大人になっていた。
痛いほど性欲の高まりを主張し、反り返る己の猛りにかぶせる。
挿れるぞと声をかければ、早く、という答え。
入り口に先端が入り込む。かりをすぎればローションと避妊具のぬめりで、難なく肉を鞘に納めることが出来た。
豊久は熱い息を吐く。腰が溶けてしまうほど気持ちが良い。さらに下で恍惚とした表情でいる直政をみれば、このままずっと繋がっていたいとすら願ってしまう。
豊久は彼の髪を撫でる。

「痛くないか?」
「痛くない、から…!お願い…ぁぁ…早くっ…!」

真っ赤な頬に潤んだ瞳。懇願されて、かっと体の奥に火柱が燃え立つ。
このまま動かなくても繋がってさえいればよいとすら思っていた穏やかさは消し飛び、この目の前の獲物を征服しなければならないという獣欲が沸きあがる。もうこの手から逃げないように印を刻まなければ。飢えを満たさなければならない。
入ってきたとき時の慎重さとは打って変わった乱暴さで、豊久は直政を揺さぶった。
奥に奥にと向かってくる灼熱の杭に直政は身悶えながらも、自ら腰を動かし豊久を最奥に迎え入れようとする。

「あぁっ…はぁ、ぁ…やぁっ…ふぅ、ぁぁ!」

びちゃっと直政の反り勃つものから先走りが漏れる。先走りは豊久の腹筋も濡らし、その感触にますます豊久の欲望は膨らむ。直政があぅと悲鳴を上げた。
荒い二つの息が重なり、ギシギシと行為激しさを物語るようにスプリンングの音が響く。大きく開いた白い足の間からは何度もぬらぬらとした豊久の杭が出し入れされ、真っ赤に充血した秘所は貪欲に快楽を得ようと蠢く。
肉襞を深く強く穿たれる感覚に、がくがくと直政の躯が震える。

「あぁ・・・!ふぅっ、ぁ、ぁ、・・・ん、……ぁ、…あっ、は、はははは!!!」

艶めいた矯声が突然哄笑に変わって、ぎょっとした豊久は動きを止めた。
まったく訳がわからず直政の様子を窺う。
直政は無邪気に笑いながら、がばりと豊久の首に抱きついてきた。

「…うれしい、キモチイイ。もっと触って。もっと……」

――して?

心底幸せそうな声音で囁かれ、豊久はやはり獣のように抱いた。
しかし先ほどのように激しいものではなく、一番好物な獲物を隅々まで舐めまわし味わうような仕草であった。
首筋をたどり、肩の先の丸みを撫でる。二の腕の裏の柔肉を甘く噛めば、短い悦びの声があがる。
ゆるゆると腰を動かせば、穏やかな快楽に浚われた。
二人は微かに笑みさえ浮かべながら、何度も唇をあわせた。

「んっ、・・・あぁ、はぁ・・・っあ・・・!」

びくん、と直政の躯が跳ねた。達したのかと思えば、彼の欲望からは透明な蜜しか流れていない。どうやら放出せずに、気をやったらしい。
とよひさ、と荒く弾んだ声に呼ばれて、なんだと柔らかく答える。

「けっこう…はぁ…痛くするかもだけど…背中に腕をまわして…っ……イイ…?」

豊久は無言でぱたりと落ちていた直政の腕を取って肩にかけると、角度を変えて強く打ち付けた。直前の穏やかさが消えて、再び激しくなった揺さ振りにたまらず直政が悲鳴をあげる。

「あぁっ、そんな……激し、…ひぁぁっ、ぁ」
「お前が…っ、煽るから、だ」
「はぁ、あぁぅ、うぁ…っぁぁ…!」

リズミカルに動く肉の凶器が直政を抉り、直政の絡み付く媚肉が豊久を快楽の坩堝に突き落とす。
肉を叩く乾いた音とぐちゅぐちゅと濡れた音が混ざり、その場をさらに淫猥なものにする。

「ひぃっ、とよひ、さ、ぁぁ…もっと…!もっと、突い、て…ぁぁあ!!」

激しすぎると悲鳴をあげた同じ口で催促する。その猥らさに、豊久はますます腰の動きを早める。何度か気をやっている直政と違い、一度も放っていない豊久に余裕は微塵もない。

「ぁ、ぁぁ、っぁ!」

警告通り直政の指ががりがりと遠慮なく背中をかきむしる。だが背中で上に下にと動く指の忙しなさが、加減が出来ていない力からくる痛みが、豊久に強い悦びを与える。

「やぁっ、ぁぁ、もう…もうっ……イく!イくぅっ!」

肉襞を激しく穿たれて、直政の欲望がびくびくと震える。ぎゅううと中を絞られて豊久は低く呻く。下腹に力をこめて、がつんとしこりを強く突いた。

「…うぅ…くっ!!」
「…っぁぁ―――――!」

ほぼ同時に二人は達した。
快楽の度合いを表すように二人の白濁とした液の量は多い。

だが二人は余韻に浸る暇なく、次の行動に移った。
すぐに接合を解き、豊久は使用済みの避妊具を捨て、直政は新たな避妊具の包装を歯で食いちぎった。少しの時間も惜しいとばかりに慌ただしく避妊具を豊久の性器に装着させた直政は、まだ足りぬとばかりに緩く勃ち上がり初めているそれを扱いた。豊久もその手に自らの手を重ねて二人で高めて行く。
完全に勃ち上がると、豊久は乱暴に直政をシーツの波の中に沈め、すぐに接合した。

「ひあぁぁっ…!!」

直政はあられもない嬌声をあげる。
豊久はぐしゃぐしゃに乱れたシーツに直政の掌をぬいとめた。重ねた掌を握り返して来る気配を感じれば、後は夢中で腰を打ち付けるのみ。


飢えた2人の夜はまだ、終わらない。




***




日の光を浴びて真新しいシーツが白く光っている。
日差しの強さから時刻はすでに昼近くであることを知るが、昨夜のことを考えればそれも致し方がない。現に隣の男はまだ夢の中だ。寝相の悪さを発揮する元気すらないのか、行儀良くすうすうと眠りについている。
穏やかに上下する白い平らな胸元。昨夜は獣欲をあおったそれも、今みれば満ち足りた気持ちを与えるのみだ。豊久は毛布を引っ張り、直政の肩に被せた。
よくよく男の顔を眺めれば頬のあたりの産毛もうっすらと光っている。その様子に胸が痛むほどの幸福を感じる。そっと彼の頬をなぞれば、こそばゆかったのか閉じている瞼が震えた。
ゆっくりと瞼が開く光景に、想いが溢れそうになる。
寝ぼけ眼に豊久は、おはようと言おうとした。だが口は勝手に違う言葉を吐き出した。

「好きだ」

言った途端豊久は口を押さえて動揺した。唐突に、何を、自分は。
しかし直政は恐ろしくあっさりと「俺も」と返してきた。彼のこういう所に自分は結構救われているのかもしれない・・・豊久はほっと胸をなで下ろした。

「あのな、豊久」

寝転がったまま直政はいやに真剣な表情で見上げてくる。自然と構え、姿勢を正して豊久はなんだと返す。

「体がまっったく動かん。助けて」

それから豊久は直政を支えてトイレの前まで連れていき、一緒に風呂に入り(さすがにここでまた一戦を致すほど二人に体力はなかった)、パンを少しかじって再びベッドに戻った。
だるいぃぃと呻いてベッドの中でもぞもぞする直政に豊久はあるものを投げつけた。
直政はものを見て「あっ!」と声をあげる。

「これはずっと俺が探してた・・・!」
「バイト先にあった」

去年の日曜朝やっていた戦隊もののラムネつきフィギアである。「赤が…!赤だけがどうしても見つからないんだ…!」と毎度授業前に直政が涙ながらに訴えるものだから豊久も覚えていた。

「豊久ー!愛している!!」

唸っていた蓑虫が起きあがって抱きついてくる。どうやら元気が出たようだ。
「ふん、367円分の愛か?随分高価な愛しているだな」と文句を言いつつ、豊久は直政を引き離そうとしない。

「…直政、聞きたいことがある」

直政の腕が首に絡まったまま、豊久は真剣な声音で聞いた。

「昨日のローションってどこで入手するんだ?」
「通販」
「……俺も一人暮らし始めるか」
「えっ?」

きょとんと直政が顔をのぞき込んでくるが、「なんでもない」と豊久は視線をそらす。
直政は逃げる視線を追うようにして豊久の唇にキスを落として、またぱたりとシーツの上に落ちた。…とても昨日躊躇っていたとは思えない大胆さだ。

「直政……」
「うん?」

口元を手で押さえ、少し掠れた声を豊久はだした。

「今年の秋は紅葉狩りにいこう」

唐突な話だっただろう。だが直政はまた軽く「いいよ」と答える。

「その前に、桜見だけどな!」

朗らかな笑みに、豊久の口元からも穏やかな笑みが零れる。
それから二人ともだらだらと過ごし、惰眠を好きなだけむさぼった。






裏切りの春。
再会の春。
また恋に落ちて、苦しんで。

そして四度目の春。
たわわに桜咲く、爛漫の春。

二人はやっと心を重ねて歩き出す――。


Fin





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