ある夜のこと。
小高い丘を、ぞろぞろと登る男達が居た。
みな一様に沈痛な面持ちである。
嗚咽を漏らす者もいる中で、先頭の痩せた男は何かを堪えるように唇を強く結んでいる。

丘の頂上に辿り着く。
そこに生える一際大きい木蓮の木。その根元を数人の男達が掘る。
先頭にいた男はそっと抱えていた壺に、被せていた布を取る。
そのまましばらく、大切そうに壺をふいていると部下たちから準備が出来たと伝えられる。
男はじっと壺を見つめてから、それを出来上がった穴の中に入れた
。部下たちが鼻水を啜りながら、その上に土をかけていく。
作業が終わり、あたりはいつもの静かな丘に戻る。
男達は数刻立ち尽くした後、一人、二人、とその場から立ち去っていった。
最後の一人、行列の先頭にいた男が静かな声で告げる。

「言いつけは守りましたぞ。」

兄上。

言い終えた途端、こみ上げてくる涙を堪えて、男は丘を去っていった。












それから長い年月を経て

同じように夜更けに丘を登る老人が現れた。




桂元澄は石に躓いて、崩しそうになった体勢を慌てて直した。
その間も胸の中の壷はかたく抱えられたままだ。
元澄は自分の息があがっていくのを感じた。
無理もない。とうに緑寿を過ぎた年である。
普通の人間にはちょっとした坂でも、老人には重労働で崖上りにも匹敵する。
生き過ぎたからだ、と元澄は思う。本当は自分の叔父が主君に謀反を企てた時――自分が17の頃だ――に一緒に斬首される筈だった。
もう汗もかかぬ額を、それでも癖でぬぐうとやっと青々と茂る大木が見えた。
元澄は背筋を正した。
しっかりとした足取りで木の下に近付く。
樹の幹を一周し、幹に刻まれた「×」の印を見つける。
背負っていた鍬を下ろし、根元の土を掘り起こす。

長い時間がかかった。

腕も足も顔も土で汚しながら穴を掘っていくと、鍬の先に固いものがあたった。
手で土を払っていくと、元澄がここまで運んできた壷と似た物が出て来た。
元澄は感慨深そうにそれを手に取ると、穴から抜け出し土を元に戻した。

「お久しぶりでござる。長宗我部殿」

掘り出した壷を平らな土の上に置き、元澄は地に頭をつけて礼を取った。
大判の風呂敷を取り出して広げる。

「失礼致す」

その風呂敷の上に蓋を取った壷を傾ければ、中からは白い粉。
次に元澄が持ってきた壷を持ち、同じように頭を下げる。

「失礼致します。元就さま」

先と同じように壷を傾ければ、同様の白い粉が現れた。




――死した体は火にくべ、その灰とあの男の灰と混ぜ合わせてあの川に流してくれ。

唐突の呼び出しにより主から内密に話された内容は、本来一家臣たる元澄が聞いていいようなものではなかった。

それは紛れもななく、元就の遺言だった。


元澄の主君毛利元就と四国の長曾我部元親は密かに想い合う仲であった。
だが元澄が見たところ、あの2人は体を繋げる仲ではなかったように思える。
それでも2人は当然のように同じ最期を望んだ。




――最期は

「元親と」

「元就と」

供に――




元澄の脳裏に、奇跡のように柔らかい主君の微笑みが浮かぶ。

丹念に灰を混ぜ終えた後、元澄は慎重にそれを風呂敷で包んだ。
丘の下の川原へ向かう。

川は広く流れはゆっくりで、水は澄みきっている。
もっとも今は夜闇の色を受けて、水の色は黒く染まっている。
暗い川面を元澄はじっと見つめる。
やがて屈んで、遺灰を風呂敷ごと川に流した。
遠くまで見送るために立ち上がる。
夜は明け始めて裾野から光が差し込み始めている。
ゆっくり流れていく風呂敷は結びが解けて、中の遺灰がさらさらと川へ流れていった。

その瞬間
元澄には亡き2人が固く抱き合いながら、朝焼けの水面へ沈んでいく光景を見た気がした。


流れていくのだ。

海の方へ。

元就と、元親が交じり溶け合いながら。

微笑みながら。





その時、元澄はやっと悟った。

自分は、
許されたのだ。

ずっと気にしていた。元就に心からの忠義を誓いながら、血族の主君への裏切りを負い目に感じていた。


私はきっと、許されたのだ。




元澄の膝が崩れる。

泣きじゃくる子供のような老人を慰めるように、黄金色の光が柔らかく世界を包んだ。





Fin

>>BACK


優しい夜明け