元澄の目の剥きように元就は笑みを深くした。

「嫌か?」

その滅多に見せない笑顔――しかも柔らかい表情に、さらに腰が浮き立つ。

「滅相もありません。御命令しかと仕り候…」

主と己以外居ない座敷に、なれど…と細く震える元綱の声が無様に響く。

「一つお尋ねすることをお許し頂ければ……何故、某に?」
「それはな、元綱」

元就は、パチンと顎の下で扇子を閉じる。

「己が頭で考えよ」

いよいよ見たことない主君の優しげな微笑みに、元綱は飛び上がらんばかりに驚いたのだった。



ゆるやかな丘に、青々とした草が生い茂っている。
それを踏みならして進むと、木の下に立つ大きな背中を捉えた。

「元親」

呼べば振り返り、からりと笑う。

「承知したか?」

「あぁ」

「そうか…」


元親は顔の向きを元に戻し、隣に並んだ元就も彼と同じものを見る。
眼下に広がるは、緩やかな河川。下流の下流である川は、裾広がりですぐ側に流れ着く海も視界に収まる。

しばらく会話は無かった。二人はただ隣に佇み、同じものを見ている。

「落日だな…」

沈みゆく日輪に手を合わせながら、そっと隣の男を見る。
大きくて、逞しい体。ごつごつと堅くて、そこにはどこにも他と混ざりあう、柔らかさはない。
それは己とて同じだ。鬼より遙かに劣る体格。細いとすら言われる躯であっても中国の上に立ってきたこの身。毛利元就という一人格を閉じこめてきたこの躯に他と交わる隙などない。

だが、
体が粉々になれば、灰になれば混ざりあえる。

この生が終われば――
男と己の間のわずかばかりの距離に、少しの肌寒さを感じながら、そっと元就は目を伏せた。


草も木も河も黄昏の炎に燃やされ、境界がうっすらと消えていった。


Fin

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木蓮の誓い