降り注ぐ雨が容赦なく元就の頬を叩く。


小袖の裾が汚れるのもかまわず、濡れた大地に尻をついている。
鳴り響く春雷に、元就は少しも動かない。
見開いた琥珀の瞳はだだ、崖下に倒れる男を映している

裏切ったのはその男の方だったのに。

きっかけは些細なこと――彼にとっては些細なことだったのだ。
ただ彼が、自分と関係しながら、複数の人間と性的な関係を持っていた。
くだらない、それだけのこと。それがたまらなく嫌だった。
何度も我慢した。苦い思いで口にも出した。
けれど男は「お前は特別さ」と口先ばかりいって取り合おうとはしなかった。

ついに耐えきれなくなって男を殴り、滞在していた岡豊城を飛び出したのは先刻。

許せなかった。複数の人間と性的関係を持つという不潔さもさることながら、それを自分に隠そうともしない男の無神経さが。
お前など所詮その程度の存在でしかない。つけあがるなと言われているようで、自尊心が傷ついた。
天気はとうに崩れていて、雨水が足下で跳ねる。男が追いかけてくるが、元就は足を止めない。
必死自分を呼ぶ声に、元就は耳を塞いだ。男の言葉は自分を惨めにさせる。
己を理解できるのは己だけで良いと言っていたのに、他人にほだされて騙されて挙げ句に男の言葉を聞けばまた信じてしまいそうになる。
無様すぎて失笑を浮かべる余裕すらない。
目の前に険しい茂みが現れた。構うものかと、元就はがむしゃらに突っ込んだ。

また男が自分の名を呼んだ。


構わず頑なに足を動かし続けた先には、何も無かった。



何も。
地面が、無い。


とっさに止まろうとも、ぬかるんだ足場ではどうしようもなく、ぞくっと背筋が凍る



――あぁ、落ちる




宙に浚われる覚悟をした体は、しかし腕を強く捕まれ後方に飛ばされた


代わりに、


男の屈強な体躯が宙を舞った。



元就の体を引き戻すために力を入れた足の力と、男の重さに不安定な地面は耐えきれなかったのだ。
泥と雨音のため、落下音は信じられない程小さかった。


裏切ったのは、この男の方だったのに


斜めに切られ剥き出しの地肌を見せた崖。
その下に倒れる彼の銀の髪は泥に汚れている。
不自然な方へ曲がっている首を元就は嘘だと信じたかったが、頬にある腫れた赤みは自分が殴った印でそれを許さない。

嗚呼と元就は落胆する。


裏切ったのは彼の方だったのに



彼は自分の感情を踏みにじった。言葉を聞いてはくれなかった。

そう思うのに耳に残るのは最後に強く自分を呼ぶ声で。



その声に自分は

あぁ、裏切ったのは――






色をなくした唇で、元就はそなたの方がよほど冷酷だと呟いた。



Fin


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春 雷