*桜。

絶対馬鹿にされて返されると思っていた。

「ふん。鬼のわりに風流なことをする」

海を渡って来る前に見つけた美しい桜の枝を手折って渡せば、かの策士は意外にも素直に受け取った。

「・・・お前もしかして、花好きか?」

「嗚呼」

元就はくるりと手元の枝を回して笑みを浮かべた。


「花は捨てる理由を考えなくて良い」











*七夕。

「どれ程の願いがあれば、我を殺せるものかな」

大の字に寝転がって夜空を見ていた元親が、ごろりと体を向ける。

「お前を殺す?」

「左様。願いが叶うという一夜の奇跡。我が死ぬことを願っている者は今宵いくらいような?臣から兵から民から。中国に隣接する豊臣、島津に貴様もそうか?長曾我部」

「馬鹿言え」

元親は起き上がり、元就の腕を掴む。

「幾百幾千幾万。例え星の数程お前を憎む者が居ても関係ねぇ」

爛と輝く鬼の目で元就を見る。

「俺はお前に生きていて欲しいと思う。幾千幾万の人の命を喰らってきた鬼のご所望よ。一つの鬼の願いは幾千幾万人分の願いに相当するはずだぜ。――死ぬなよ」

「当たり前だ。鬼如きに祈られるまでもない。例え我の死を数多の人が願っていようとも死んでやるつもりはないわ」

それならいい。
あっさりと元就の腕を離して、再び草の上に寝転がる。

「で、お前は今日は何を祈るんだ。やっばり毛利の安泰か?」

「馬鹿を申すな。毛利の安泰は日輪と我の力で充分。星屑に祈ってやるまでもない。」

そう言って元就は元親の傍ににじり寄る。

「貴様の底浅い行動と愚かな考えを嘲笑ってやるのが、我の数多い余興の一つ。――この我が祈ってやるのだ。叶おうが叶うまいが、その阿呆面を長く世に晒し続けるのは貴様の義務だぞ。長曾我部」

元就は元親の顔の横に手をつく。

覆いかぶさる中国の主が鬼の唇を奪った。






*背中。



血と泥にまみれた甲冑が次々と地に折り重なっていく。
怒濤のように流れ込んでくる敵軍に、中四国同盟軍は乱戦を強いられている。

「よぅ。ボロボロじゅねぇか中国の守護者さんよぉ」
「そういう貴様こそ見るに耐えぬ姿であろう。西海の鬼」

とんっ
緑と紫の戦装束が背中合わせにぶつかる。

「心配すんな。お前が死んでも中国のお宝は俺が守ってやるぜ」
「貴様が死んだら四国を大毛利の礎としてやろうぞ。我に感謝して安らかに死ねよ長曾我部」

相手の言葉に二人ともフンと鼻ならして答えながら、口元には不敵な弧を描く。
踏み込みは同時。戦場を駆ける足に、背中は離れる。

「いざ!」



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