2.
比較的大人しかった元親が突然声を張り上げて、刑事は怯んだようだ。
「違う。戯れなんかじゃねぇ!」
「わかった。わかったから」
宥めるようにいってから、刑事は文書から単語を削除する。
「じゃあ、もう一回読み上げるぞ。平成××年8月6日。花火大会を口実に、以前より交際していた被害者を自宅に誘い込む。午後八時半頃部屋で花火鑑賞をしている最中に性的興奮を覚え性的関係を結ぶ。その後被害者、被告人ともに就寝するも、明け方四時頃に再び性的欲求を覚え再び関係する。その時私は被害者に乞われるまま、――被害者の首に手をまわし性的興奮の中で被害者を殺害した。……これで良いか?」
「…あぁ」
正しいわけがない。どこもかしこも文句だらけだ。
けれど一つ一つ正すのはもう面倒だったので、頷いておいた。
刑事はやっと終わったとばかり、体を伸ばし、ぞんざいにパソコンを机の隅にやった。
「なぁんで、こんな事しちゃったのかねぇ。外は大騒ぎだぜ?大学生が愛人関係だった担当教授を殺害。その上それが禁断の同性愛で、相手は有名な学者さんなんだろ?俺は知らないけどさ。しばらくマスコミは喰いっぱぐれねぇぞ。こりゃあ」
被疑者に圧迫感を与えるためなのか、取り調べ室は酷く狭かった。
机と男二人で、部屋にはもう余分なスペースがない。蛍光灯がやけに近くて髪が焼けてしまいそうな気がする。
さてと。と刑事はぐっと顔を近づけきた。
「なんで殺した?」
刑事の目の色が変わった。
それはわかったが、元親はするりと無頓着に答える。
「殺してくれって元就が言ったから」
「…あんた達ヤッてたんだろ?なんでセックスの最中に死にたいなんて思う」
「悦かったからだろ」
言った途端頬を殴られた。衝撃で椅子が倒れる。
手が拘束されていて、どうすることも出来ず壁にぶつかった。
椅子が足にぶつかって痛い。
「ふざけるな!なんでもガイシャのせいにしてんじゃねぇよ。このホモ野郎!!」
「…おいおい刑事がそんなこと言って良いのかよ。人権侵害って奴なんじゃね?」
切れた口に顔を歪めながら、呆れる。
「黙れ。ホモの上にSMプレイなんて、まともにやってられっか」
イライラと元親を立たせて椅子の座らせる。刑事は話の方向を変えた。
「ガイシャのことは良い。てめぇは何で殺した。正直に言え」
「好きだったから」
あぁ?と刑事は眉根を寄せて、元親の言葉を租借した。
「…好きな奴に家庭があることが許せなかった?」
「違う。好きだったからだ」
刑事の目がつり上がる。
「調子の良いこと言ってんじゃねぇ!」
また殴る。芸がねぇなと元親は嘆息した所、髪を乱暴につかまれた。
そのまま顔面を机に叩きつけられる。また椅子に座らせるのが面倒だったのだろう。
スチールの机をポタポタと鼻血で汚す。
その血痕を切れかかった蛍光灯の光が点滅しながら照らした。
――元就が好きだったから。
その後に続くどんな言葉も、きっと正しくはない。
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