3.



初めて教壇に立つ元就を見たのは、彼がまだ助教授だった頃の話だ。


土木科の生徒である自分と、建築学科の教鞭をとる元就。
本来なら深く関わる筈もなかった二人である。それが、たまたま休講になった授業の穴埋めに元就の講義に出席した、ただそれだけのことですべてが変わってしまった。


その一分の隙もない。必然美だけで構築された理論。


スクリーンに写された、かつて書いたという彼の図面を見た時の衝撃は、今でも忘れられない。


硬質で、繊細で。
その完璧な計算に鳥肌がたった。



授業後、いても立ってもいられずに元就に話かけた瞬間直感した。


――見つけた。

この男こそが、自分の対だ。
自分と心底真逆で、だからこそ最も結びつく人間。


背筋を針金で貫かれたような鋭い直感は、同時に元就も貫いたことを元親は疑わなかった。


次の年に建築学科に転科した。迷いはなかった。
あしげに元就の研究室に赴きことあるごとに彼に絡んだが、最初は相手にされなかった。
教鞭をとる立場。妻帯者で子持ちであるから当然至極と言えたが、何より彼自身が極端に元親の接近を恐れているかのようだった。
めげずに元親は手を伸ばし、元就が払いのける。
距離は縮まらないまま、元親は院に進み、元就の研究室に入った。
そして――元就の隙をついて関係を結んだ。
初めて触れた彼の肌は、さらりと冷たくてなかなか熱を孕んでくれなかった事をよく覚えている。


一度決壊すれば、後は溺れるだけだ。
元親の部屋で、ホテルで、二人だけの研究室で。
時間の寸暇を惜しんで、体を重ねあわせた。
セックスとはこうも気持ち良いものだったのか。と、2人とも夢中になって毎日のように貪りあった。

こんな快楽は知らない。
理性も節度もすべて溶けきって、使いものにならなくなる。


脳髄が、焼かれてしまう。






□     ■     □




「・・・今日、家は?」
「研究室に泊まると言ってある」
「そっか。じゃあ少し待ってろ」

綻んだ顔を隠すようにして、キッチンに向かう。
脳裏に彼の家族のことがよぎってしまえば、あからさまに喜ぶことは出来ない。
バイトから帰れば、元就が居た。年上のくせに彼は元親より不精だから、夕食はとっていないだろう。何か簡単なものでもと、冷蔵庫を確かめて、棚から鍋を出す。小さなまな板を水で洗う。

「元親」

ベッドに座っていたはずの元就が、後ろで立っていた。
どうした?と尋ねれば、突然彼が自分の衣服を脱ぎ初めて目を剥いた。

「…お前と初めて出会った頃の我と、今の我はまったく別の人間になってしまったであろうな…元親。お前が我の一つ一つ全てを作り変えてしまったのだ」

ネクタイ、背広、ワイシャツ…するすると彼からはぎ取られていく衣服を唖然と見つめる。

「…こんな我を浅ましいと思うか?」

元就は半裸になって、苦笑と艶笑をないまぜにした笑みを浮かべる。
彼は有無をいわせず、元親の頭を捕まえて荒々しく唇を奪う。
その勢いと爪先立ちの元就に体重をかけられて、元親は二三歩よろけ、キッチンとぶつかる。同時に元親も細い腰を抱き寄せ、彼の茶に透ける髪の中に手を入れる。
歯と歯が何度かぶつかる。かまわず続け、獣のように荒い息をついて、腰をすり付けあう。余裕など微塵もない。
膝をついて床に倒れる。机が悲鳴をあげて、2人に狭いスペースを譲った。
仰向けに倒れた元就が、忙しなく元親の服を脱がそうとする。
元親は乱暴にシャツを脱ぎ捨て、元就のスラックスも下着も脱がせた。
玄関が、近い。下手をしたら外に、声を聞かれてしまうかもしれない。
頭の片隅に残る理性は、しかし元就の胸を這う舌の動きを止められない。色づいた乳首をぬらぬらと唾液で湿らせれば、ぴくりと躯が跳ねる。

元就の躯は綺麗だ。
余分な肉はない。知性と同じく、研ぎ澄まされている。それに、20代の元親と違って、男盛りならではの落ち着いた色香がある。
汗ばみ始めた彼の白磁の肌を、くまなく撫でる。熱い。最初に肌を合わせた時の冷たさが、信じられないほど元就の肌は熱を持っている。
自分が元就を変えてしまったという自覚はある。
禁欲的で自制的な元就が自ら男を誘うなんて昔では考えられない。
セックスとは生物の生殖行為でそれ以上でもそれ以下でもないと考えていた彼に、自分は男に抱かれる悦びと、本物の快楽を教えてしまった。
元就はどんどん快楽に貪欲に、淫らに変わっていく。
他ならぬ自分の手で。それはこの世で最も元親の好色を満足させた。

下肢に手を伸ばし、カウパーをだらだらと流す元就のペニスに触れる。
本当は口の中で愛でてやりたいが、狭くてそれもままならない。緩急をつけてしごいて、尿道に爪を立てれば、甘い声で啼いていた元就がのけぞる。
濡れた指でアナルに押し広げ、ペニスを挿入する。肩に脚を乗せて腰を進め、全部埋まれば彼は安心したように息をついた。
一度教壇に立てば怜悧に生徒を見下す瞳は、情欲に潤みきって元親が動くのを心待ちにしている。頬を上気させて、白い肌に玉の汗を浮かべて。彼のこんな姿は、彼に抱かれた女だって――彼の妻だって知らないだろう。

今この瞬間だけは、確実に彼は自分だけが知っている、自分だけのものだ。
そう思いながら激しく腰を動かし始めた。柔らかな内肉をペニスで蹂躙する。汗が彼の躯の上に落ちる。

「・・・先生」

手を重ねながら呼べば、快楽に流されながらも唇を合わせて彼は答えてくれた。




何度も何度も貫いて、供に果てた。
強すぎた快楽に元就の躯は震え続けている。

「・・・・・・お前が我を変えてしまったんだ」

心配になって抱きしめても、元就の震えは長い間収まらなかった。