5.
「花火が見たい」
安っぽい照明を落した部屋に、元就がくゆらせた紫煙がのぼる。
元親は自宅よりもずっと広いベッドに寝そべりながら、近々花火大会があると答えた。
「人の多い所は好かん」
「じゃあ俺の部屋だ。あの部屋は花火がよく見えるっていうから借りたんだ」
「だから貴様の家は、大学からあんなに遠いのか」
元就は呆れた声音を隠さずに言った。
当日。
シャワーを浴びて浴衣を纏ってきた元就に、口の端をあげる。
濃い緑の浴衣は、きりりとして彼のスマートな体型とあいまって涼やかだ。
「似合うじゃねぇか」
「貴様は育ちすぎだ。見よ、浴衣の端がまったく合っておらぬ。まるで七五三の着物でも着ているようだ」
「浴衣なんてガキの時以来だからなぁ」
「フン。図体ばっかりでかくなりおって、頭が育たなかった典型よな。その首の上についているのは、ヘチマだろう」
「そのスカスカだった頭の中は、今はお前のことで一杯だぜ」
戯け、と言いながらも元就の襟元から覗く首筋ほんのり赤い。
薄く笑って、元親はベッドに招いた。
狭い部屋はベッドが占領しきっていて、ソファーはおろか椅子すらない。
きっと外でも人が群れをなして、眺めているだろう。
壁を大きく切り取った窓から、どんと打ち上がる花火が見える。
二人はしばらく無言で魅入る。
色とりどりの炎は大きく、紹介のとおり絶景だ。
火柱が空の一点に向かって向かって、昇りつめる。
辿り着くと破裂して、紅い華が咲く。
咲き誇った華は、やがて拡散し、花弁よりも熱く瞬く火の粉になって散っていく。
赤 白 青
多くの華が咲いて、夜空に光の滝がざぁっと流れ落ちる。
腹に響く大きな音をたてて打ちあがる、刹那の生しか持ち得ない華は絢爛で
網膜に焼きつく。
続けざまに花火の破裂音が響く。
元就が手を伸ばし、頬を撫でてきた。
顔を見ると、彼の白い頬に花火の青い光が落ちている。
どちららともなく顔を寄せて、唇を奪う。
段々と深くなる口づけにあわせて、元就を押し倒した。
細い顎の下首筋を辿り、襟元をゆるめ鎖骨を舐める。
舌を尖らせ胸の突起をなぶり、浴衣の裾を割って彼のペニスを取り出す。
それはもう熱くなっていた。元親も滾っている。
どんどん、という花火の大きな音に下腹が刺激されているような気がする。
獣のように乱暴に、元就と交じり合った。
「はっ…あぁ、もと…ちか…!」
腰を打ち付け、組み敷いていた体を抱えあげて膝の上にのせる。
乱暴に肉をぶつける。上下左右に自在に動き、内を抉る肉の凶器に元就の体はよがり狂う。
大量のカウパーが結合部にたれてきて、ぐちゃぐちゃという水音響く。
汗が流れる。はぁはぁと興奮しすぎて息が苦しい。
夜空に舞う炎が、部屋を、二つの重なる獣を照らす
仰け反り、喉をさらし、高くいななく元就に息を飲んだ。
理性が無くなったのだろうか、彼は繋がったままあられもなく自分のペニスを扱いている。
朱に染まった目尻。
色欲に甘く溶けた瞳。
絶えず弾む息を漏らす唇。
揺れる腰。ペニスを弄る手は忙しなく動いて。
玉の汗が光る桜色の肌に、窓からもれる極彩色の炎の大輪を映す。
元就の肌の上で、次々と華が咲いていく。
あぁ、
人知れず熱帯に咲く花だって、こんなに淫らに咲かないだろう。
ごくりと、唾を飲んだ。
グラグラと体揺らしながら、元就がはたくように元親の眼帯を外す。
元就はことのほか普段隠されている元親の左目を気に入っていた。
現れた左の紅眼を、舌で愛でる。
元就のその行動は、行動は合図だった。
元親は枕元に置いてあった白布を取り、元就はとんっと元親の胸を押して彼をシーツの上に倒した。
「ひぃ、あぁあっ、あっ…うっ、く…」
首に布を巻き付けられて、元就は先より高く喘ぐ。
元親は寝そべって布の両端を持つ。
腹の上に乗る元就の呼吸に併せて、ぎゅっと引っ張ると元就がたまらなそうに鳴く。
「はぁっ、あっ…んんぁ!はぁ…あぁ」
元就の様子を見ながら、最近思うようになった。
窒息の苦しみと、オーガニズムは似ている、らしい。
元親にこのような倒錯した趣味はない。ただ元就が、そう、望むようになったから。
始めたのは、元就の出張に随行して海外に行った時だ。セックスをしている最中に、脱ぎすてたバスローブの帯に目を留めた元就が、これで首を絞めろと言ったのだ。
元親は従った。彼がそれで気持ちよくなるなら。彼が望むことに、元親は嫌悪感を持たなかった。
ただ、彼の望むことを叶えてやりたかった。
だが――
「あぁ…もとち、かはぁ…わ…を…殺せっ、っあぁ!」
快楽に狂った元就が、本当に息も絶え絶えになりながら、叫んでいる。
全部叶えてやりたいと思いながら、唯一元親が叶えてやれない望み。
これも言い出したのは、学会のために海外に赴いた時が初めだ。
元就は、快楽の絶頂の時に死ぬことを求めている。
元就を良くしてやりたい。支えてやりたい。守ってやりたい。
そう望んでいる元親と、元就の願いは反している。
叶えてやれない。元就を壊すことは出来ない。
何よりも元就がいない世界が恐ろしかった。
止めるために、宥めるために、元親はあまり口にしたくないことを言わなければならない。
「…死んだら、嫁さんと子供どう、すんだよ」
「…はっ、あうっ、ふっ…ん、殺せ・・・っ」
「もとなり」
「んぁっはぁ、あっ…ころ、せ…」
聞いていないのは、いつものことだ。
肩をおとして息を吐いた。
元親の表情が気に入らなかったらしい。元就が倒れ込むようにして、唇に噛みついてくる
元親は大人しく受け入れて、快楽に意識を沈めた。
繋がっている部分から、炎があがる。
この身を燃やし、なお尽くせぬ業火のような快楽。
もう何もわからない。部屋も外も、形も、
言葉で作られた思考の檻も、花火ですら、もはや遠すぎる。
ただ気持ちよくて。
もうそれ以外見えなくて 、
まるで違う世界へ、たった2人だけ、放り出されてしまったようだった。
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