7.
何かが床に落ちたのはわかったが、目を開けるつもりはなかった。
獣のように交わった後の躯は泥のように重く、貪欲に眠りを欲している。
そのまましばらく浅い眠りを漂っていたが、ふと目を開ける。
覚えのある重さを胸に感じた。
「…まだ欲しいってかい?」
元就の頭に手を入れて、髪を撫でる。
窓から見える空は、裾だけがうっすらと明るくなってきているがまだ暗い。
数時間前にけたましく弾けた花火の余韻は無い。
ただただ静かである。
お互いの浴衣はぐちゃぐちゃになって、ベッドの端に捨てられている。
花火に煽られたのかいつも以上に激しく交わった後なので、あまり気が乗らない。
それでも元就の赤い舌に乳頭を舐められ、妖しく微笑まれれば自然と奮い立つ。
上体をずりあげて元就と唇をあわせる。
舌を絡ませくちゅくちゅと音を立てながら、お互いのペニスを握り込む。
手を動かせば、合わせた口から漏れる息が熱く、荒くなっていく。
元就は徐々に獣の眼差しになっていく元親に欲情し、元親はきつい眼差しを快楽に溶かし、頬を上気させる元就に熱を上げる。
先走りで手が濡れ始め、元就の腰に手を伸ばす。
尻を揉み、秘所をほぐそうとした手は、しかしゆるりと笑った元就に止められる。
その微笑みが、いつもより柔らかい気がしてドキリとする。
「元就?」
答えはなかった。元就に躯を倒される。
彼は元親のペニスを掴むと、手慣れた仕草で入り口にあてがった。
いきなりの結合に、くっと元親が息をつめた。ほぐしてないのでキツい。
雁の部分がひっかかった。そのあと、ずぶりと埋まる。
何度なく交わったアナルは、淫らに蠢動して元親の肉に絡みつく。
その上はぁっと息を吐いた途端、元就が乱暴に動き出すのでたまらない。
腰を動かしながら、元親の胸を撫で回す。肉のぶりかり合う音と、淫らな水音が夜明けの朝に響く。
「はぁっ、…はっ」
「あっ、はぁあん…うんっ…」
揺れ動く元就のアナルから、昨夜の残滓がたらり、と流れ出る。
卑猥な白。
それが自分の茂みを濡らす感覚にぞくりと泡立つ。
あぁこれではどちらが抱かれているのか――。
元就が喘ぎながら、背を反らす。
白い肌が、桜色に犯される。
汗がにじむ肌に、蒼い闇が落ちる。
色が彼を染めあげて、なだらかな陰影が浮き立つ。
綺麗だ。
呟くと、左瞼を舐められた。
それをいつもの合図と取って無造作に置いていた白布をとる。
元就の首に巻こうとすると、彼は頭を振り、元親の手を首にあてた。
元親は突き上げながら、望む通り手に力を込めてやる。
快楽と苦悶に元就は顔を歪めた。
「…あっ…ごほっぁっ、はぁ…」
喘声というには甘くない。悲鳴に近い声をあげると同時に、ぎゅっとアナルがしまるので元親も呻く。
過ぎた快楽のせいか、窒息の苦しさのためか、元就の目尻に涙がたまる。
耐えきれず流れ出す、透明な雫を見て、潤む瞳を見て
元親は何故か、
言わなければならないと強く思った。
「愛してる」
ビクッと元就が大きく震えた。
自らの震えに中のペニスをくわえ込むことなり、また高く声をあげる。
一度漏らしてしまえば、元親の口からは同じ言葉が流れ出す。
同じ言葉を、白痴のように繰り返しながら、緩急をつけて首を絞める。
言葉と首の圧迫に責め立てられるように、元就はますます狂っていく。
「愛してる」
「殺せ、あぁう、んくっ…」
「愛してる…っ」
「はぁくっ、かはっっ!……コロセ…っ!」
快楽が加速する。
自分の言葉に、体は煽られるように熱くなって
景色が、物が、溶けて、すべて消えてしまう。
もう此処には二人以外何もなくて、二人以外誰もいなくて
元就の願いを聞けるのは、元親しかいなくて
元親は必死に、子供が親に縋るように頼みこむ。
「もとなり…もとなり…愛してるから…っ!」
失いたくない。やっと手に入れたのに。
元就と出会う前も、それなりに楽しい人生だったけれど
あの頃は、こんな鮮烈さも、眩しさも知らなかった。
こんなに、自分の生を感じたことはなかった。
――許して、先生……。
顔を歪めて、声を震わせ
首に絡む手から、ゆるゆると力が抜ける。
元就はゆっくりと微笑む。
こんな淫らな行為の最中なのに、あまりにも清らかで、まるで聖母みたいだと陳腐な感想を抱いてしまう。
元就は自分の首から、落ちかけた手首を掴んで、囁く。
――ほんとうに愛してるなら
「我を殺してくれ」
どんなに責め立てられても、それは彼らしい命令口調だった筈なのに。
それは、初めて聞く彼の懇願だった。
彼は、ぎゅっと元親の手を自分の首に強く押しつける。
押しつけられた頸動脈から、どくりどくりと流れる血潮を感じる。
掌で触る、肌は燃えている。
あぁ熱い。
夜は醒めたのに。花火は散ったのに。元就の肌が、元就の肌たけが、まだ燃えあがっている。
熱くて熱くて、
あぁ、このままでは元就が死んでしまう。
元就は恍惚として、目を閉じる。
「…このまま死にたい」
閉ざされた瞳から、また透明な雫が生まれ、
それが頬を伝って
元親の胸に落ちる。
圧倒的な一体感が元親を襲った。
元就の願いがどくどくと流れ込んで。
満ちる。
理解、共感、共振。
これまでにもなく、2人がぴったりと、完璧に、重なった。
その時は、自分は元就のように泣いていたのかもしれない。元就のように恍惚とした表情をしていたのかもしれない。
ただ自分は――
わかったのだ。
「殺してくれ…」
二度めの懇願は、
まるで
助けてくれといっているように聞こえたから
元親は、だから、早く、やってやらなければと思った。
彼が絶頂を迎える
同時に、
首を、
強く―――――
まるで海底で大きな水泡が、ごぼりと吐き出されたような、
奇妙な音がした。
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