豊久は激しい怒りを覚えた。
世迷い言を言うな。その手の冗談は好かん。そう言って傍にある肩を乱暴に突き放そうとする。
しかしその腕は捕らえられ、逆に体を引き寄せられた。
あ、と思う間もなく――口付けられた。

「…好きだ。抱きたい」

豊久の思考は束の間,、停止した。
そして我に返った瞬間、強く抵抗した。けれど酒が回っているせいで充分に力が出せない。
思うように動かない体をもどかしく思っている内に、直政に両腕を取られ後ろに押し倒されてしまった。
馬乗りになって自分を見下ろす直政に豊久は絶望を覚える。

「島津、好きなんだ。諦めて俺に抱かれろ」

いやに真面目な表情で、直政は阿呆のように同じ言葉を繰り返している。
ぐっと豊久は言葉に詰まった。ここまでくれば相手が本気だと嫌でもわかる。しかし直政の体ごと起き上がろうとするも、相手も流石に一流の武人。適格な場所に体重をかけられて起きあがることもままならない。
豊久は自棄になって叫んだ。

「くっ…勝手にしろ!!」

甘さの欠片もない表情で豊久は直政を睨みつけた。

「ああ!有りがたく勝手にさせてもらうぞ!!」

一方の直政はそれはもう憎憎しいほど無邪気に笑った。
そして上体を倒した直政に豊久は口を吸われた。
――上手い。
先ほどの触れるだけの接吻ではわからなかったが、直政の接吻は巧みだった。
協力する気は皆無だった豊久も、気がつけば良い様に舌を弄ばれている。
豊久はじわりと快楽に蝕まれていくのを感じながら、そういえばこの男は家康の衆道の相手と目されているのだと思い出した。
はぁと熱い吐息を洩らし、唇が離れる。二人の間を銀の糸が淫靡に繋いだ。
そっと直政の掌が豊久の着物の襟元を乱した。
豊久は眉を寄せた。豊久にも衆道の経験はある。だが抱かれる立場になったことはない。
豊久の様子に気づいたのか、直政がいつもの馬鹿面で笑いかけてきた。

「安心しろ。俺は上手い」

酔っていなければ殴りつけたくなるような台詞を吐くと、直政は豊久の外気に晒された胸を撫で回した。
女の柔らかさなど欠片もない、筋肉質の男の胸を触って何が楽しいのか。直政の行動は奇異に映った。
だがその余裕ともとれる平静さも、胸の尖りを舌で嬲られることで乱された。
性感帯の一部を濡れた音を立てて舐めあがられればさまざまと直政のざらざらとした舌の感触を感じてしまうのだ。快楽を、感じてしまうのだ。
豊久は焦りと羞恥で直政の頭を引き離そうとする。しかし彼を遠ざけようとした手は、結局彼の髪の毛をかきまぜて終わる。豊久は声を押し殺しながら、快楽に逆らえない男の性を呪った。
直政が豊久の胸の尖りを指で挟む、挟まれた肉を舌に強く吸われた。びくりと豊久の体が揺れる。

「…っぁ…っ」

声を殺せなかった。
直政が嬉しそうに笑うのが見えた。拳を振ったがかわされ、その動きで直政の頭が下がり豊久の包帯を巻かれた腹の上で止まった。
そっと直政が包帯に触れた。傷の上をなぞるような指の動き。痛みはなかった。直政は本当に触れるか触れないか程度の力しかこめなかったのだ。
急に無言になってその仕草を見せた直政を怪訝に思って豊久は声をかけようとすると、おもむろに直政が顔を上げた。屈託のない、いつもの間抜け面だ。

「島津。男に抱かれるのは初めてか?」
「…こんな体格の良い男を抱こうと思う痴れ者は貴様くらいだ」

答えると、そうかそうかと直政が満足気に笑みを洩らす。呆れるほど無邪気で、童のような笑顔だ。
突然、体を裏返された。何を、と問う暇もなく獣の姿勢を強いられる。屈辱的な体勢に文句を上げようとした瞬間、尻に濡れた感触を感じた。
穴を舐められている。
豊久は驚愕した。酒気で帯びていた頬の赤味が引き、あまりのことに逆に青ざめる。
先ほどまでとは比べ物にはならない。かつて経験したことのない激しい羞恥が豊久を襲う。
堪らずに暴れようとすると、体の中心を後ろから捉えられた。
男の急所を掴まれて、豊久の喉の奥が無音で引き攣る。
後ろからいやに自信に満ちた声があがる。

「万事俺に任せろ。気持ちよくしてやるから」

そう言うやいなや、肉棒をしごかれた。

「…っう…くそ!覚えていろ。いつか…っ…この屈辱貴様にも味あわせてやる!!」
「うん?次は島津が俺の尻を舐めるのか?そうか楽しみにしているぞ!」

豊久の呪詛のごとく殺気がこもった言葉に対して、直政はうきうきと答えるのであった。
仕方なく床に爪をたて豊久は羞恥に体を焼くような羞恥に耐える。
熱い舌が後孔の淵をなぞる。かと思えば唾液を中に流し込むように舌を捻りこまれる。その行為には不快感しか覚えないが、同時に自身をしごかれているのだ。もはや快なのか不快なのかわからないまま豊久の息があがる。

「っ…ぁ…ぅ…くっ!」

直政の手管に導かれるまま豊久は達した。
どくどくとこめかみの血管が激しく脈打ち、大きく胸を上下させて息を吐く。
いかされてしまった。あの井伊直政にいかされてしまったという事実が豊久の頭の中をぐるぐると回る。
呆然としている豊久の後孔に、指が差し入れられた。
豊久は硬直した。排泄器官へのありえるはずがない固い異物感に改めて自分は男に抱かれているのだと再認識する。

「もうやめろ…、ぁあっ!」
「ここか」

制止など聞こえていないかのように、好きなように豊久の中をかきまわしていた指はある一点を見つけた。
豊久にも覚えがある。男でもその一点を突けば女のように嬌声をあがるしかない場所。
焦燥にかられ逃れようとする前に、直政の指が強くその場所を擦った。
直政の下で豊久の体がびくびくと震えた。

「あぁ…っ…ふぅ…っあ…」

全身に汗が浮き立つのがわかった。
白い残滓を纏った指が二本三本と増やされていく。
ただでさえ酒で霞がかった意識が快楽に沈んでいく。そのせいで直政がいった言葉にすぐに反応出来なかった。

「そろそろいいか…。もう切れないとは思うが、本当に苦しかったら言え」

指を抜かれ熱い塊が押し当てられる。身構える前に肉を割って熱が入ってきた。
酷い圧迫感がある。だが不思議と痛みはない。
上手いのだ、直政が。豊久の呼吸に合わせて押し進めている。上手い、と感心すると同時にこの男は家康の相手なのだと先ほどと同じ考えが何故か浮かんだ。
直政がことさらゆっくりと進み、豊久はひたすら息を吐き続ける。

「…もう、全部、入ったぞ」

やがて後ろから熱い溜息に混じった声が聞こえた。
豊久は額から汗が落ちるのを感じながら瞳を閉じた。腹の中が、熱い。

「動くぞ」

一声かけてから直政がゆらゆらと動き出した。
豊久はぼんやりとした目でただ揺すられていると、再び体の中心を取られ激しく愛撫された。
先走りにぬめる自身をしごかれ、敏感な先端を指で弾かれた。

「あ、ぁあ…っ…ぁ…ふっ…」
「…あまり可愛い声を出すな、島津。加減が出来なくなる」
「っ…うるさい!喋ってないで、さっさと動け!」

貴様は伽のときまで煩いのかと途切れ途切れに文句をつければ、そんなのお前が色っぽすぎるからいけないんだろと直政が口を尖らせる。
くだらない口論をしている内に、いい所を直政の魔羅に擦られた。

「ふぁっ…うぅ…ぁ…は…あぁ…」

豊久は眉を寄せるが、唇から漏れる声は確かに快楽の証。
段々と激しくなる直政の動きに豊久は啼くしかなかった。
直政の卓越した性技は、男に初めて抱かれる豊久に未知の快楽を与えていた。
奥へ奥へと進み、肉壁を熱く強く擦っていく。絶え間なく与え続けられる悦楽についに豊久が限界を迎えた。

「――っぅ!!」

体を震わせて、豊久が達する。同時に豊久の体内にあった直政自身がしめつけられ、耐え切れずに直政が熱い飛沫を豊久の中に放った。
二人分の荒い息が重なった。

「すまん」

身を離すと同時になされた謝罪に、豊久はこれでもかという程鋭く睨みつけた。

「…これが貴様の正義か。ふん、見上げたものだな」

直政は静かに豊久の視線を受け止めると、着物を羽織って足早に部屋を出た。

「…赤鬼め。己がなしたことに気まずくなって逃げ出したか。呆れたものだ」

豊久の気分は最悪のものになった。
想定外の災難に、それでも豊久は理由をあげて納得しようと努力するつもりであった。わずかながら直政の方が年上であるし、階級も上だ。衆道のしきたりに従えば、年若の豊久が抱かれる側というのはおかしくはない。それに豊久は自分と互角に戦った直政の武人として力量を認めていたし、何より彼は島津にとって恩人だった。西軍についた島津が領土を没収されなかったのは直政の協力が大きい。直政の口添えがなければ豊久は今、佐土原の城主でいることはなかっただろう。
そう不承不承納得しようとしていたにも関わらず、直政は自分の行為を謝罪した。豊久は激しい怒りを覚えた。悪いと思うことなら、最初からしなければ良かったのだ。
それに。
実を言えば豊久は行為そのものよりも、直政から言われた言葉の方に戸惑っていた。
――好きだ。
豊久は鼻を鳴らした。結局その言葉も嘘というよりは、男の常套句だったのだ。肉欲を覚えた男が女に許しを請う為の浅ましい台詞。
益々気分を悪くしながら、豊久は着物を纏おうとした。酒は流石に抜けているが、体が気だるい。
その時、高い音を立てて襖が開いた。
見れば直政が、手に水を張った桶と手ぬぐいを持って立っている。

「…貴様何故戻った」
「後始末をするために決まっているだろう?」

直政は襖を開けたときと同じように片足で襖を閉めてすたすたと部屋に入ってきた。

「すまん。島津の中があまりに気持ちよくて中に放ってしまった」

どうやら先ほどの謝罪はそういう意味だったらしい。そう悟った瞬間豊久は今日何度目かわからない羞恥に襲われた。何かすごいことをさらっと言われた気がするのは気のせいではないだろう。
だが、次の瞬間さらに大きな羞恥が豊久を襲う。
直政が唐突に豊久の膝を割り、まだ緩む後孔に指を差し入れたのだ。

「なっ…やめろ!!」

抵抗すれば直政に抑え込まれる。彼は眉を寄せていた。

「大人しくしろ。このままだと腹の調子を悪くするぞ!」

そう言って直政は一心に豊久の中から白濁とした液体を掻き出す。
ここまでされてはもう自分でやるのも直政にやらせるのも同じかと豊久は抵抗をやめる。
悔し紛れに豊久は嫌味を言った。

「…ふん、さすがに慣れているな」
「まぁな」

直政の返事は場違いに軽くて明るかった。
豊久は脱力して身を任せた。
一通り始末を終えると、恨みがましく豊久は直政に尋ねた。

「…貴様本当にあれだけの酒を飲んで酔わなかったのか?」
「ああ、これな。実は水なんだ」

ほら、と差し出された直政の徳利をごくりと飲み干せば確かに水で。
豊久は遠慮のない拳を直政の顔面に放った。









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