「正義の草を探しにいくぞ!」


相も変わらず佐土原に滞在し続けている直政が突然そのようなことを言い出した。
政務をこなしていた豊久は眉をあげた。

「…なんだそれは?」
「正義の草は、正義の草だ!」

まったく意味がわからない。豊久は「ふん」と鼻をならして仕事に戻る。
現在処理している仕事は雑務の類だが、だかからこそ気を抜くと溜め込んでしまう。仕事は出来るうちにやっておくに限るというのが生真面目な豊久の持論だ。
対して直政は諦めず豊久の肩を揺すって「行こう、行こう」としつこく誘う。

「見てわからないのか。仕事中だ」

豊久は乱暴に腕を払うついでに、軽く頬を殴って直政を黙らせる。
直政はぐぉっと変な声をあげて畳みに転がった。
だが、

「で、では。その仕事が終われば良いんだな!?」

正義の赤い使者は心底諦めを知らない男だった。




数刻後。
豊久はなんとも複雑な顔をして「草」探していた。
あの後、問答無用で豊久の筆を奪った直政の仕事ぶりは凄かった。
報告書を素早く読み進め「この書状の要点は、これと、これで、こうだ」とまくし立てるように豊久に説明する。表情はいつもと変わらぬ飄々としたものの、筆が走る早さと言ったら半端なかった。
直政の仕事ぶりに圧倒され、彼の言葉にひたすら頷いていたら、いつのまにか必要書面が出来ていた。確認すれば若干悪筆なものの内容はまったく問題がない。
井伊の赤鬼は戦だけではなく、政務も全力投球できるらしい。
それは豊久と同等の武官の力を持ちながら、石田三成と並ぶ文官の力を直政が有していることを表し、豊久を大層複雑な心境にさせた。
当の直政といえば豊久を連れ出すことに成功して、上機嫌で歩いている。
彼の後ろを仕方なくついていくと豊久は目を眇めた。
直政は左足を引きずっていた。普段はさほど目立たないやはり山の斜面を歩くとなると厳しいのだろう。
その怪我は自分が負わせたものだと思うと妙な気がした。
そっと着物の上から自分の腹をなぞる。そこには直政に負わされた傷が残っている。
刀を振るいお互いの首を狙いあった二人が、訳のわからない草を探すために佐土原の山を歩いている。
妙な縁だ。

「おい草!草!正義のもとにその姿を白日にさらせ!」

1人感慨深く思っていると、前方からあまりに阿呆な言葉が聞こえてきた。豊久は嘆息した。

「煩い。わめくな。草が耳など持つか。」

直政が探しているのは「瑚楼草」と言うらしい。薬草には少し通じている豊久も聞いた事がない名前だった。
そう伝えると、直政は「これだ!」と瑚楼草が描かれた絵を見せてきた。

「北では見ない薬草だが、南の、特に九州地方に群生しているらしい」

そう言われてみれば、見たことがあるような気もしなくはいがはっきりとしない。
ふとあることが豊久の脳裏で閃いた。

「薬草…ということは、それは家康公から聞いたのか?」
「あぁ。この絵も直々に殿が書いてくださったものだ!」

直政が誇らしげに答える。
つまりこの薬草探しも家康から命じられたものなのだろう。豊久は薬草探しへのなけなしの意欲が、さらに低下したのを感じた。

結局かなり長く時を割いたにも関わらず、目当ての草は見つかる気配がなった。

「うぁぁ!何故だ!何故正義の草が正義の使者たる俺の手に入らないのだ!!」

気の短い直政が地団駄を踏んでいるのに対して、豊久は平静そのものの様子で帰り道のことを考えていた。
日も陰り始めたなと空を仰ぎ見れば、あるものが豊久の視界の端に映った。

「おい…。これではないのか?」

山のごつごつとした斜面に群生していた草を無造作に引き抜いて差し出せば、直政の目が輝いた。

「さすが島津!俺が見込んだ男だな!!」

草を渡すと、直政は彼にしては珍しく真剣な表情で紙と草を見比べた。
そこまで必要があるのかと思えて来るくらいに執拗にしげしげと見比べている。やがて気がすんだのか、ぽいっと草を豊久に渡して来た。

「ほら島津。お前のだ」
「はっ?」

「切り傷には塗り薬として、臓物が悪い時は飲み薬として効く超万能薬だ。これをすって塗ればお前の腹の傷ももっと良くなるだろう」

うっかり豊久はときめきかけた。
だが次の瞬間憮然とした。

「そもそも安静にしていた方が傷には良かっただろう」

さらにいうのなら、毎晩のように行っている激しい交接もまったく体には良くない。と流石に昼間からそんなことは指摘出来ないので豊久は胸のうちで盛大に溜息をつく。

「まぁ、そう言うな。俺はお前と歩きたかったのだ」
「……」

豊久はそれを聞くとしばらく口を閉じた。
それからぼそりと呟いた。

「…何故これが、正義の草なんだ?」
「そりゃ、俺の島津への愛が正義だからだ」

豊久は今度こそ黙りこんだ。
直政が家康以外の人物に対しての行為を、正義と認めていることが意外だったからだ。






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