豊久は痛む腰をさすりながら、どんなに職に困っても絶対引っ越し業者にだけはならないと固く誓った。

「あっ豊久、そっちの箱をあっちの部屋によろしく」

一方直政の方は余裕しゃくしゃくといった様子で軽々と箱を運んでいて、豊久はその様子を呆れるともに負けてはられぬという気概を覚えて腹に力を入れる。
直政は家康の用意したマンションに移り住むことになった。
家康との会話を伝えると、豊久が家に来ていたなど知らなかった直政は驚いた。だが別段怒るそぶりも見せず拍子抜けするほどあっさり頷いた。

「・・・なんとなくわかっていた。この関係を続けても父さんは幸せになれないんじゃないかって。でも俺には拒絶して父さんを傷つけることが出来なかった。まったく俺もとんだ弱虫だ」

だから勝子さんがお嫁さんになってくれて本当に良かったと、晴れやかな顔で直政は言った。
マンションの家賃については来年になったら相続される遺産から返済すると直政は父親に申し出たが、父親はあっさり「息子から金を巻き上げる程、金には不自由してないな」と一蹴した。その代わり「儂が仕事で家をあけている間母さんの面倒を見てくれるほうが、よっぽど親孝行だ」という父の言に、息子は一にも三にも頷いたのだった。

荷物をほどく作業に没頭していると、窓の外が暗く染まっていた。
一息いれた直政が何気なく提案する。

「今日ここに泊まっていくか?夜も遅いし」
「えっ?」

思わず裏返ったような間抜けな声がでて、かぁっと豊久の頬に朱がのぼる。直政はあははと声をたてて笑った。

「豊久、お前結構わかりやすいな」
「うるさいっ!!」

帰る!!と怒って玄関に向かおうとすれば腕を捕まれた。まぁまぁと宥めすかされ、風呂場にぽいっと投げ込まれ、気がつけば直政とバラエティー番組を見ていた。
豊久にとってはつまらぬ番組で、このくだらない内容でよくもまぁここまで笑えると隣の男をある種尊敬する。
こっそりと豊久は息をついた。慣れぬ引っ越しで、体は休息を求めているがとてもじゃないが眠れそうにない。
風呂に入った直政の濡れ髪から滴が落ちるのを見て、ざわざわと胸が騒ぐ。豊久はごまかすように、がしがしと乱暴に直政の髪を拭いた。
番組が終わったらしく、ぷつんと直政がテレビの電源を切った。

「寝室はこっち」

そう言って直政は豊久の手を引く。
引越しを手伝った豊久は勿論寝室の場所は知っているし、大学生の男が2人仲良く手を繋ぐ図はいかがなものかと思ったが二人以外誰もいないことだし好きにさせた。
繋いだ掌にふと豊久は昔を思い出す。
幼い頃もこうやって良く直政に手を引かれて遊びに出掛けた。
だが本当に出会った最初の頃の直政は随分大人しい子供で、逆に豊久は結構乱暴な子供だった。思っていることがあるなら何か言え!と直政の頭を太鼓の如くぽこぽこ殴って周りを慌てさせた気がする。

「なんだよ。ニヤニヤして」
「少し子供の頃を思い出してた」
「なんだ。どうせだったらこれからの事を考えてニヤけろよ」

寝室についた直政の口許が弧を描き、艶っぽい笑みを浮かべる。
その唇が自分の方に迫って来るのを、高鳴りの中で豊久は認識した。

―― もし自分があの頃のまま直政にはっきりと「言いたいことがあるなら言え!」と言っていたらこんな面倒なことにならなかったかもしれないな…。


角度を何度も変えて唇を合わせながら、ベッドに倒れ込む。それからじゃれあうように互いの服を脱がしあった。
目の前に晒されたのは、完成した大人の体。美しい引き締まった筋肉を纏う肢体は年若い雄だけが持つ淫らさを放っていた。
豊久はまず掌と視線で肌を愛撫した。ふつふつと沸き上がる情欲は恐らく眼差しで彼に伝わってしまっている。
ぴんと勃ちあがった胸の尖りを吸う。舌で円を描き、中心を押しつぶすように愛撫する。それを繰り返し繰り返し続ければ、焦れた直政が不平を漏らす。

「おい、乳恋しい赤子じゃないだろ、いつまでもそんなところ吸うな!」

胸から頭を引き離そうとする直政に、豊久は顎に力を込めた。
いっ、ぁ・・・と小さく声を漏らして、直政の体が跳ねる。

――黙っていろ。

下から瞳でそう伝えれば直政は大人しくなった。声まで食らい奪うような飢えた獣の眼差しに、ぞくりとしたのだ。
豊久は横たわる体が纏っていたスラクッスも下着も脱がせ、ゆるく勃ち上がり始めていた熱に触れた。亀頭を親指でまさぐれば、直政の顎が上向く。

「…ふっ…ぁぁ、っ…!」

淫らな織火に炙られて、白い肌は朱に色づき、しっとりと汗ばんでくる。その様子に煽られて愛撫の手にますます熱を込めれば、直政は震えて身を捩る。

「いっ…ぁっ、…ぁん…はっ…」

切なげな声と掌の濡れた感触に呼気を熱くしながら、豊久は違和感を覚えた。
素直に声をあげているようなのに、直政の様子はどこかおかしい。何か――無理をしているように見え、豊久はさては自分の進め方が悪いのかと思って焦る。

「…よくないのか?」
「あ…」

違うと首を振りながら直政の瞳が戸惑ったように揺れた。
やはり何かおかしいと焦燥にかられて名を呼べば、直政はおずおずと口を開いた。

「…約束してくれ。どんな姿を見ても、俺のことを嫌いにならないって誓ってくれ」

直政の真っ直ぐな視線は、いつも迷いがない。だがこの時ばかりは奥底に怯えの色を覗かせていて豊久は酷く驚き、そして理解した。
養父と体を結んだことを決して直政は恥じてはいないだろう。だが恐れてはいるのだ。
今抱けば直政の体は以前抱いた時とは違う反応を返すだろう。そのことに豊久が嫌悪感を抱いてしまうのではないか。自分の体に染み着いた養父の色を感じてしまうのではないか、と彼は危惧しているのだ。養父との特別な関係は異端であり、どうしても人に嫌悪感を与えてしまう類のものだと彼もわかっている。
豊久は眉間に深い皺を寄せる。

「自分から誘っておいて何を言っている」
「…今気づいたんだよ。今」

誓えないならやめる・・・。どこか痛みを感じさせる声で起きあがろうとした直政の体を押さえつけて、乱暴に息を奪った。
――馬鹿だな。本当にこいつは馬鹿だ。
口内を荒らしながら、彼の中心を強く扱く。抗うように足が何度もシーツを蹴った。接吻の合間に吐き出される直政の呼気は苦しげなほど荒い。
豊久の下で背がしなり、何度も体を強ばらせてはぐっと耐える。その姿には堕ちる寸前で耐え忍ぶ、瀬戸際の美しさがある。
これはこれでずっと見ていたいような艶があるのだけど…
豊久は唇が触れるか触れないかの至近距離で、直政の目を真っ直ぐに見つめ返しながら誓った。

「約束してやる。全部受け止めてやる。だから、観念してすべて俺に見せろ」

直政は荒い息のまま、じっと豊久を見た。豊久の心を推し量ろうとするような視線。やがて、こくりと頷いて彼は接吻を強請った。
髪の間に手を差し込んで頭を抱き込み、望みを叶えてやる。
――臆病だ。意外と、臆病だなお前は。
想いが溢れそうになる。切なさと、やりきれなさと、恐ろしいまでの愛おしさにこの身を滅ぼされてしまいそうだ。
深く深く舌を絡ませ、合間に名を呼べばびくっと直政の体が大きく震える。何度も何度も名を呼んで、熱い欲望を擦りあげれば白い喉が震えた。

「あ、あ、ーーっ!!」

白濁の液が飛び散る。直政は目元を紅く染めて、荒く息をつく。
豊久は楽しげに口角を上げた。

「名を呼んだらいけたのか?可愛いな」

かあっとその言葉――というよりは言葉とは裏腹な優しい色をした瞳に――赤面した直政がその顔を見られまいと眼前で腕をクロスさせる。
豊久の笑みがますます深まる。

「すごく、可愛い」

意地の悪い響きに、直政が憤慨する。

「馬鹿!と、豊久のくせに恥ずかしいことを言うな!調子に乗るな!」
「それは無理だな」

ぺろりと指に絡まっていた白い残滓をこれ見よがしに舐めとって見せれば、腕の下から様子を窺っていた直政はあからさまにぎょっとした。
まだまだ、とばかりに直政の腹部に散らばった残滓を舌で掬う。直政は目を閉じて息を詰めた。

「・・・ぅ・・・っぁ・・・!」

さらに下へ下へと進めば、再び熱を持ち始めた欲望。豊久はためらい無くその先端を口に含み、付け根の方を指でさすって刺激していく。
口淫は二度目だが初めての時とは違い、豊久にまるで容赦がなく、直政は良い様に狂わされた。

「ひっ、あぁ・・・ぅっ・・・豊久・・・!だめ・・・」

ぬめぬめとした舌の感触に、直政の腹が戦慄く。くちゅと濡れた音が響き、先走りの蜜と唾液が幹を伝い下生えに染み込んでいく。はぁはぁ、と直政の呼吸が早くなり、限界まで広げられた足がふるふると震える。

「うぅっ、あぁ、もう・・・だめ・・・・いくっ・・・ふぁぁっ」

せっぱ詰まった甘声に豊久は追い打ちをかけるように、裏筋を舐めあげ嚢を揉んだ。
ぎゅっと直政はシーツを握りしめた。

「いっ、あぁぁっーー!!」

再び直政は絶頂に達した。豊久はそのすべてを飲み干し、彼の力を失った欲望を喉奥まで含み舐め回し、最後に先端を吸った。文字通り精を一滴まで搾り取るような所作に、直政の腰が跳ねた。
唇を離し、大きく肩と胸を上下させる直政をとっくりと眺める。
汗で髪は額に張り付き、体は開いたまましどけなく放り出されている。紅く色づいた肌には玉の汗が輝いている。
まるで熟れた果実のようだ。
見るものの食欲を掻き立て、まずは皮を剥くべきか、ぱっくりと切るべきか惑わせる。
ためしに汗を舐めてみれば、しょっぱさより甘さの方が強く感じられた。
直政は瞳をとろりと快楽にとろけさせながら、一心にこちらの様子を窺っている。その様子がとてもいじらしく思えて、胸が熱くなる。
――誰が嫌えるものか。
嫌えれば、あの時どれ程楽だったか。だが、どんなに努めても嫌いにはなれなかったのだ。憎みたくても、憎みきることができなくてどれほど苦悩したことか。
確かに直政と彼の養父との特殊な関係を知った時、嫌悪感を得なかったと言えば嘘になる。
だが今彼に触れているのは自分で、愛撫に過敏に反応を返してくれる彼に自分は歓喜している。
大事なことは今、彼が自分を求めてくれていて、自分も彼を求めているということだ。その事実を疎かにすれば、本質を見失う。





10.2.28



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