ペットボトルの補充をしていると、レジから救援を呼ぶ音がした。
重ねて「レジお願いしまーす!」という必死な声が聞こえてきて、豊久は本日何度めかわからない苛立ちを携えてレジに向かった。
レジには見るからにおろおろしている店員と、早くしてくれといかにも迷惑気な客という予想通りな光景があった。
「あ、の、携帯のプリペードカードってどうやって発行するんでしたっけ?」
「・・・種類は?」
答えを聞くと豊久はレジの横に吊されていた紙束をめくり、彼から奪い取ったバーコードリーダーをかざす。画面に枚数を打ち込めば、あっけなくカードは陽気な音をたてて発行された。
「大変お待たせしました」
手早くケースに入れて渡せば、客も特にクレームをつけるでもなく素直に帰ってくれた。
豊久は険しい表情で同僚に向き直る。
「まったく!貴方はは私よりここに長く勤めているのでしょう?」
「め・・・面目ありません」
石田三成はそう言って立つ瀬がなさそうに、頭を下げた。
まったくあてが外れたと思う。豊久がコンビニをバイトに選んだのは、客があまり来ない深夜ならばレジに立つことも少ないだろうと狙ったからだ。
面接の時にも「レジより品出し中心に働きたい」と伝えて、「大学生がもう一人いるから、彼にやってもらおう」と答えを貰っていた。店長も長身で力がありそうな豊久に品出しを任せようと思っていたのだろう。
ところが、である。蓋を開けてみれば「あと一人の大学生」の要領の悪いこと。おかげでお世辞にも愛想が良いとは言えない豊久が頻繁にレジに立ち会ってフォローする羽目になってしまっている。
年上のくせになんて頼りない男だろうと苛苛しながら商品を陳列していると、苛苛の根元が怯えた様子で手伝いを申しでてきた。
豊久は素早く箱に入った商品を自分の手元に寄せて、ではそちらをとビニール袋に包まれた商品を指した。前回商品の陳列を頼んだら、箱をカッターで切る拍子に中の商品まで切られてしまった故である。
二人は黙々と作業を進めた。日付が変わって客足もひいていた。
「・・・あのう、相談したいことがあるんですけど」
「何の相談ですか」
「えっと、恋愛みたいな?」
「ふん、お断りします」
豊久は無碍に却下した。
何故か彼に限らず相談ごとを持ちかけられることが多い豊久だが、その半分以上が色恋のそれでうんざりする。
年齢的に考えればそれも致し方無いのかもしれない。しかし、何故そこで自分に相談するのか理解出来ない。客観的に見ても自分が色恋に長けているように思われる要因などないはずだ。
だが三成は豊久のとりつく島のない様子に諦めない。この男は時として無駄に打たれ強かった。
「お、お願いします!俺、今すごく困っているんです!!」
店内中に響きわたる声に豊久はあからさまに顔をしかめた。バック(事務所)ではいつ家に帰っているのかわからない店長が仮眠をとっているのだ。これ以上この男が大声を出して起きてしまっては気の毒だ。
「・・・ふん、喋りたいのなら勝手に喋れば良いでしょう。ただし大きな声はやめて下さい、私の耳はまだ正常です。それと貴方が勝手に喋ったところで、私に建設的な意見を言う義務がないことをお忘れなく」
三成の目がぱぁっと輝いた。それで良いです!聞いてくれるだけでもありがたいですと何度も頷く。
「俺、今付き合っている人がいるんですけど・・・」
「・・・大学の?」
「いえ、幼なじみです」
瞬間、豊久の眉間に皺が増えた。
敵だな、と思う。自分の境遇と照らし合わせた結果である。
それで、と刺々しい口調で続きを促す。
「その人といつも一緒にいるんですけど、時々何を考えているのかわからないところがあって・・・」
「はぁ」
「ですから、つまり・・・それが俺の悩みなんです!!」
「はぁぁ?」
びしりと言われた言葉に、豊久は心から呆れた。
――馬鹿だ。馬鹿すぎる。
豊久はきりりと痛みを覚えるこめかみと押さえて確認した。
「・・・要するに、交際相手が何を考えているのか、知りたいと?」
「はい!」
「貴方が言葉がなくても相手の考えを読みとれる超能力者でもない限り、私が言えることは一つだけです。『相手に直接、聞け』」
三成の顔がくしゃくしゃに歪む。
「そ・・・それが出来ないんです」
「なぜ」
「・・・・・・こわくて」
その一言は、一瞬胸を強く打った。
だが豊久は動揺を隠すように、鼻を鳴らした。
「ふん、つまり貴方は自分が傷つきたくないばかりに、交際相手から真意を聞き出せない訳ですか。随分情けないことだ」
容赦のない言葉に三成は「うぅ」と呻き、うなだれる。
豊久はほんの少しだけ声を柔らかくした。
「貴方がどうしても駄目なら、仲の友人に聞き出して貰えば良いでしょう。しかし交際相手と満足に向き合いもしないで、それで付き合っているといえるのですか?」
三成ははっとしたようだ。つぶらな瞳をさらに大きく見開いた後、「そうですよね」と一人で何度も頷く。
さて、もう良いだろうと豊久は品出しに集中する。
――まったく。
相談したいのは、こっちの方だというのに。
聞き出せないのは豊久も同じでだった。
出来れば、すべて無かったことにしてしまいたかった。
だが豊久は見てしまった。直政の首筋に色づく口吸いの紅い花を。
すぐにあの日の、彼の発言を思い出した。
「好きな人が抱いてくれるって」
あの時の、
あの時の『好きな人』と彼は関係は続けているのだ。と豊久は悟った。
可能性としては別の人物とというもの無くは無かったが、直政の一途で情熱的な性格を考えれば同一人物だろう。
ずき、ずきと胸が痛む。
まだその男が好きなのか、その男に抱かれているのか。
聞きたくはなかった。知るのが怖かった。
三成のことを言えた資格などないのだ。三成と己の相違点は相手と思いを通わせているか、どんな答えが返ってくるかわかっているか。
豊久は直政に訪ねたところで、どちらも肯定されるとわかっていた。
無様だなと豊久は己を嘲笑した。
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09.12.13
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