「石田さん、チキンと肉まんの追加お願いします」
「はーい!」

店内にはクリスマスソングが流れている。
聖夜当日。恋人たちの一大イベントに豊久は何をしているかといえば、缶コーヒーの補充であった。

「島津さん、良かったんですか?今日クリスマスなのにバイトにでて」

ぐしゃっ!と思いっきり豊久はコーヒーの空箱を潰した。

「…ふん、貴方こそ。相手がいるのにこんな所にいて良いのですか」
「あっ、俺は明日相手とゆっくり過ごす予定がありますから」

でれでれと幸せそう三成に、豊久はもう一つ箱を潰した。
……結局直政を紅葉狩りにずるずると誘えないまま、豊久は1人で伯父についていった。良いんだ、伯父上とゆっくり過ごせたから。良いんだ、紅葉は美しかったし、楽しかったし。
――直政と行ければ、もっと楽しかったかもしれないけれど。
はぁと心の中で溜息をつくと、来店を知らせるチャイムが鳴った。
豊久は反射で「いらっしゃいませ」と言いながら振り返り、目を丸くした。

「よう!仕事励んでいるか?」

明るく手を振って挨拶してくるのは、直政だった。
なぜこんな時間に、こんな場所に彼が?豊久がたずねようする前に直政が「えっ!?」と大きな声をあげた。

「石田先輩!?」
「井伊じゃないか?」

直政と三成が顔を見合わせている。
何がなんだかわからない豊久を放置して、二人は会話を進める。

「なんで日本に?先輩はケンブリッジに合格したはずでは…?」
「そうなんだけど、あっちの体調がね」
「あぁ・・・その後の体調はどうですか?」
「良好だよ。山の上は空気が良くて過ごしやすいと言っていてね。…井伊は帰省中か?」
「俺は元々地元進学希望だったんで」
「えっ?そうなのか!?てっきり東大か京大にいってるもんだとばかり…」

一般人からしたら「ご冗談を」と笑うしかない雲の上の会話内容で盛り上がっていると、店長が「石田君ちょっとー」と声をかけてきた。三成はじゃあと直政に手を振ってその場から離れた。

「・・・もしかして同じ高校か?」
「うん。生徒会の先輩」

豊久は頭を抱えた。直政と同じ高校ということは、三成も優秀な政治家や実業家を多く輩出する名門校の出身ということになる。というかケンブリッジって何だ。魔法の呪文か何かだったか。

「石田先輩の付き合っている人って病弱なんだけど」
「聞いている」
「すっごい美人なんだぜ。――男だけど」

豊久は何度目かわからない驚きに直面した。
そういえば夏に「彼女なんだろう」と聞いた時の三成の反応はかなり怪しかった。
――そういうことか。

「しかし、クリスマスにバイトなんて可哀想な奴だな!」
「ほっとけ。お前こそ、こんな所にいて良いのか?」
「うん。今日はね」
「……で、何を買いに来たんだ?」
「あっ、缶コーヒー」

直政はレジ横のケースから一つ取り出す。豊久はその銘柄を見て呆れた。

「まだそんなもの飲んでいるのか・・・」
「だって甘くないと、美味しくないだろ!」
「子供舌め」

馬鹿にしながらピッとバーコードリーダーをあてる。ちらりと時計を確認すれば、そろそろあがりの時間だった。今日は他のバイトの代打で出勤したので早番なのだ。
――直政を待たせて、一緒に途中まで帰ろうか。
ふと、そんな考えが浮かんだ。だが何故か「一緒に帰らないか」の一言が言い出せない。紅葉狩りの時と同じだ。「おい」と声をかけようとした時には、すでに直政は店から出ていってしまった。
――いいさ、もしかしたら直政にはこれから寄る所があったかもしれないし。
まるで有名童話の「どうせすっぱいブドウの実」のような思考で、豊久は情けなくも自分を慰めた。
仕事を切り上げてユニフォームをハンガーにかけていると、店長の明石に声をかけられた。

「島津君、ケーキが大量にあまっちゃったんだけど、何個か持って帰らない?」

豊久が間髪いれずに「いりません」と答えようとしたが、山となっているクリスマスケーキと明石の困り顔を見て「では、二つ」といって二箱貰った。本当はホールケーキなど貰っても食べきれないのだが。
両手に箱を持ちながら店を出ると、店の角で壁に寄りかかっている男をがいた。
彼は豊久の姿を見るとちょっと驚いたようなそぶりを見せた。だが豊久はもっと驚く。

「なんだ、早かったな」

そう言って直政はコーヒー缶をごみ箱に投げた。

「なんでこんな所に・・・」
「待ってた」

豊久はたじろいた。待っていたって――今日はたまたま早番だったからよかったものの、遅番だったらもっと外で待たせていた所だ。
そもそも待っていたって…豊久は不意打ちに赤面しそうになるのを必死にこらえた。

「飯食いにいこう!」
「…こんな時間にか?ろくなところやってないぞ」
「良いだろう。待ってたんだから。それくらい付き合うのが正義だぞ!」

結局10分しか待っていないだろうと思いながらも、豊久は直政の後をついていく。彼の申し出を喜びこそすれ、断ることなど豊久には出来なかった。

「…おい。ケーキは確か好きだったな?」
「大好きだぞ!」
「なら、一つやる」

豊久が片方の箱を差し出すと、直政の瞳がキラキラと輝く。

「おお!クリスマスケーキ!」
「ふん、売れ残りだ。あまり期待はするな」
「礼を言うぞ!島津!」

釘をさしているのに、直政はにっこりと眩しい笑みをこぼす。豊久は少し頬を染めて、ふいと横を向いた。

二人はクリスマスの深夜、牛丼屋に入った。
クリスマスケーキをそばに置きながら直政はつゆだくの、豊久はねぎだくの牛丼を腹に入れたのであった。





09.12.31



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